持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

2010-06-01から1ヶ月間の記事一覧

先行研究と、M1ということ

読んで、読んで、読みまくる 文系の学問領域において、文献研究は非常に重要と言える。文献を読むことで、先行研究にあたることができるわけだ。私がやっている分野は比較的先行研究が少ないと言われたのだが、それでも次から次へと、読まなければならない文…

授業を受けるか独学か

予備校の授業 予備校の英語の授業は、知識や技術の伝達・意識化というかたちで行われるのが一般的である。座学による知識や技能の習得は、教室で教師の指導を受けなくても、学習者が自宅などで教材を使って自習することも十分可能である。このため、予備校講…

独学の日々。

修士論文に向けた研究 修論執筆に向けた研究というのは、基本的に独学の上に成り立つ。私の場合、学部時代もその傾向があったので、決して新鮮なものでも戸惑うものでもない。ただ、学部時代は理論のさわりの部分を授業で学ぶことができたが、大学院にはその…

余計なこと

邪魔が多すぎ 大学院、特に修士課程というところは邪魔なことが多い。もっとも邪魔なのが授業である。なぜこうも、修論研究の邪魔をするのだろうか。学部の授業との差別化を図りたい先生方の思惑も分からないわけではない。だが、本来逆であろう。比較的暇な…

理論?

学習指導要領 教科教育学的な研究を行う際に、学習指導要領を参照することがある。これと完全に矛盾する実践を教室で行うのは現実的でないからだ。だが、学習指導要領を持ち出すことが教科教育の理論研究なのだと思いこんでいるような雰囲気がなくもない。 …

怨念

言語の恨みは恐ろしい 自分が英語ができないのは学校の英語教育が悪いからだという言説が流布している。パタンプラクティスをしよう。自分が漢字が読めないのは学校の国語教育が悪いからだ。自分が歌が上手に歌えないのは学校の音楽教育が悪いからだ。自分が…

文法がいっぱい

文献情報を収集して 現在、修論研究の一環で学校文法や文法教育に関する文献の情報を収集しているのだが、思いのほか読むべき文献が多いなという印象である。文法は国語教育の他の分野と比べて関心が低いと思っていたこともあるかもしれない。しかし、それだ…

管理する時間・支配される時間

ペースメーカーとしての大学院 昔、大学受験のときに予備校に通うのと、自宅浪人とを比べた場合に、勉強のペースを維持できるという理由で予備校に通うというケースが多かったように思う。現在では学力の勉強の仕方の見直しなど、受験勉強を再構築していく意…

国語教師と外国語

逃避の末なのか 謙遜なのか事実なのかわからないが、英語をやりたくないから国文専攻、みたいなことを耳にする。謙遜であって欲しいと思う。特に国語教師として教壇に立ったり、研究者として彼らの理論的支柱となろうという場合はそうあって欲しいと思う。母…

意識の壁

日本語教育のこと 昨日、大学図書館のサイトから日本語教育の概説書の蔵書検索をした。すると、日本語教育と言語習得研究との関連を扱う本が複数貸し出されていた。JSLやJFLの教育に関心がある人たちは、習得研究にも自然と関心が向くのであろう。同じ"JFL"…

伝えあう力

国語教育と英語教育 今日のタイトルは国語科の学習指導要領で登場する言葉である。類似の概念を外国語科では「実践的コミュニケーション能力」と呼ぶ。このような用語の違いのように、国語教育と英語教育では、さまざまなところで問題意識の共有を妨げる要因…

ゼミ発表資料

2010年6月11日にゼミで発表した資料を転載します*1。前回の発表で文献の読みが浅かったところを読み直しているため、内容に重複するところがあります。 メタ言語能力の概念 メタ言語能力の定義 メタ言語能力(metalinguistic abilities)の定義を簡略化して…