持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

日本語の形容詞(その6)

前回の記事

この記事は前回からの続きになります。

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形容詞の活用(続き)

鈴木(1990: 69)は、日本語の形容詞には次のような文法上の性格を持つと指摘しています。

①現代語では、「く・い・けれ」と一律に活用する。

②そのままで文において述語になる。

③連体修飾語となる。

④連用修飾語となる。

⑤動詞に比して、直接続く助動詞が少ない。

⑥動詞に比して、語幹に独立性がある。

⑦印欧語のように、形容詞自身が、原級・比較級・最上級を持たない。

このうち形容詞の活用に言及しているのは①です。鈴木はこれに合わせて例を挙げています。そして、活用形の用例は上記②・③・④の用例ともなっています。

①あの山は高くナイ。                  ①この花は美しくナイ。

②だんだん高くナル。                  ②だんだん美しくナル。

③山は高く、海は広い。              ③あの人は美しく、そして賢い。

④あの山は高い。                         ④あの人は美しい

高い山に登る。                         ⑤美しい花が咲いた。

高けれバ登れまい。                  ⑥美しけれバ見に行く。

これらの用例のうち、①と②には「―く」という活用形が用いられています。このうち②のように「なる」のような動詞が続く用法は一般に連用形と考えられています。「連用形」は「用言に連なる形」ですから、用言である動詞と共に用いられる「―く」形を連用形と見なすのは当然と言えます。問題は①の用法の扱いです。鈴木(1990)は形容詞に付く「ない」を動詞に付く「ない」と同様に打消の助動詞と捉え、打消の助動詞「ない」の付いた「―く」形を未然形としています。これは打消という働きに着目した分析です。一方、「高くない」「美しくない」のように「は」や「も」を挿入できる殊を理由に、形容詞に付く「ない」を形式形容詞とする分析もあります(山田2004;森田2008;会田他(編著)2011)。いずれにせよ「高くない」「美しくない」が否定を表していることは事実であるので、このことが、学習者本位の語形の提示へと再構築する契機となるわけですが、この点は次回以降に展開していきます。

(続く)

参考文献

  • 会田貞夫・中野博之・中村幸弘(編著)(2011)『改訂新版学校で教えてきている現代日本語の文法』右文書院

  • 森田良行(2008)『動詞・形容詞・副詞の事典』東京堂出版

  • 鈴木一彦(1990)『日本語をみつめた文法・現代語』東宛社
  • 山田敏弘(2004)『国語教師が知っておきたい日本語文法』くろしお出版

 

 

 

 

日本語の形容詞(その5)

形容詞の活用

古典日本語においては、形容詞の活用にはク活用とシク活用の2通りがあります。しかし現代日本語においてはこの区別はあまり有効なものではありません(森田2008: 168)。たとえば、「美しい」「おいしい」のような「しい」という語尾を持つ形容詞も、「よい」「うまい」のような「い」という語尾を持つ形容詞も同様の活用をするからです。どういうことかというと、古典日本語では終止形と連用形の対応は次のようになります。

  • よ-[終止形]→よ-[連用形]
  • うつくし[終止形]→うつくし-[連用形]

「よし」は終止形の語尾の「し」が連用形では「く」に変化します。これに対して、「うつくし」は終止形から連用形に変わるときに語尾の「く」が付加されます。つまり、「よし」には終止形にも「し」という語尾があるのに対して、「うつくし」には終止形では語尾が付加されないのです。これがク活用とシク活用の違いです。ところが、現代日本語ではこのような形態的な差が消失しています。

  • よ-[終止形]→よ-[連用形]
  • うつくし-[終止形]→うつくし-[連用形]

どちらの形容詞も、語尾が「い」から「く」に変化することによって終止形から連用形に変わります。

(続く)

参考文献

  • 森田良行(2008)『動詞・形容詞・副詞の事典』東京堂出版

 

日本語の形容詞(その4)

前回の記事

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日本語の形容動詞文と対応する英語

前回の形容詞文に続いて、今回は形容動詞文のお話です。学校国文法の枠組みにおいて、形容動詞は現代日本語で唯一、終止形と連体形が異なっています。外国語としての日本語文法においては、形容詞を「イ形容詞」、形容動詞を「ナ形容詞」と広く呼ばれているわけですが、「ダ形容詞」ではなく「ナ形容詞」となっているところにも注目すべきと言えます。ここには、学校国文法で「形容動詞」と呼ばれているものが外国語としての日本語文法では「ナ形容詞」と呼ばれているという単なる呼称の問題に留まらない問題が存在するのです。

その問題とは、形容動詞文の「だ」は形容動詞の語尾なのか、という問題です。この「だ」については、名詞文と同様のcopula(繋辞)とする分析が見られます。Hudson(1994: 38)ではKuruma wa rippa da.(車は立派だ)という文について、rippaをna-type adjectiveとした上で、naを繋辞のdaに置き換えることで成り立つ文であると分析しています。学校国文法の用語で捉え直すと、「立派だ」を「形容動詞語幹+断定助動詞「だ」」という分析をしていることになります。Husdonはこの日本文をThe car is stately.という英文と対応づけており、日本語の「だ」が英語のbeに対応づけられていることにないます。同様の記述はAkiyama and Akiyama(2012: 179)にも見られます。

こうした分析は、英語教育のための対照言語学という立場の安藤(1986: 76)にも見られます。安藤は形容動詞という品詞を認めずに「名詞+だ」と分析しています。ただし、この「だ」については伝統的な学校国文法(ただし時枝(1950)に倣って)に基づいて指定の助動詞と分析しています。

(続く)

参考文献

  • Akiyama, N., and Akiyama, C. (2012) Japanese Grammar. Third Edition. Barron's Educational Series.
  • Hudson, M. E. (1994) English Grammar for Students of Japanese. Ann Arbor: The Olivia and Hill Press.
  • 安藤貞雄(1986)『英語の論理・日本語の論理』大修館書店
  • 時枝誠記(1950)『日本文法口語篇』岩波書店

日本語の形容詞(その3)

前回の記事

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日本語の形容詞文と対応する英語

今回は日英語の比較対照のお話に入っていきます。日本語の形容詞が-iと-kattaで時制を表し現在と過去を表し分けるしくみを備えているのに対して、英語の形容詞はそのようなしくみを備えていません。形容詞に成り代わって現在(非過去)と過去を表し分ける役割を担うのが繋辞であるbeです。織田(2007: 222)もbeを時制などを表す標識語であると述べています。

英語母語話者向けの日本語文法書でも、日本語の形容詞の言い切りの形を英語の「be+形容詞」に対応づけている説明が見られます。Jorden(1987: 40)では、日英語の形容詞(の語幹)をXとした上で、日本語のX-iが英語のis Xまたはwill be X、英語のX-kattaが英語のwas Xに対応すると説明しています。Akiyama and Akiyama(2012)でも、suzusii(涼しい)をis cool、suzusikatta(涼しかった)をwas coolというように数語の形容詞を例に挙げ、日本語の形容詞の言い切り形を英語の「be+形容詞」

Hudson(1994)でも、Kuruma wa atarashii.(車は新しい)という文のatarashiiはpredicative adjective(叙述形容詞)という働きを担っているとし、この日本文をThe car is new.という英文に対応づけています。Hudson(1994: 81)はさらに、このようなi-type adjective(イ形容詞)は文のmain predicate(主述語)であり、the whole predicate(述語全体)であると述べています。

文型論における形容詞の地位

すでに見てきた通り、日本語の形容詞が述語になる文において、形容詞は述語の中心となる要素です。これが日本語母語話者が学ぶ英文法では「be+形容詞」として現れる形容詞が「補語」という位置づけになってしまうのですから、学習者から見れば直感的に戸惑うのは必然かもしれません。このわかりづらさは隈部(2002)も指摘するところです。

こうした状況に対して、織田(2007)は「補語」という用語が定着している以上、無理に変えるよりも「補語」が叙述的な性質をもつことを周知徹底させれば十分であると提言しています。beの力を借りて述語として成立することを踏まえれば、「補語とは述語の断片である」くらいのことは言えるということになります。

(続く)

参考文献

  • Akiyama, N., and Akiyama, C. (2012) Japanese Grammar. Third Edition. Barron's Educational Series.
  • Hudson, M. E. (1994) English Grammar for Students of Japanese. Ann Arbor: The Olivia and Hill Press.
  • Jorden, E. H. (1987) Japanese: The Spoken Language, Part 1. Yale University Press.
  • 隈部直光(2002)『教えるための英文法』リーベル出版

  • 織田稔(2007)『英語表現構造の基礎』風間書房

日本語の形容詞(その2)

前回の記事

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形容詞と形容動詞(続き)

前回の記事でも見てきた形容詞と形容動詞についてもう少し掘り下げていきます。英語母語話者向けの日本語文法書であるAkiyama and Akiyama(2012)は、Verbal Adjectives(動詞的形容詞)とAdjectival Nouns(形容名詞)という語類を立てています。前者が形容詞、後者が形容動詞に対応します。Verbal Adjectivesは辞書形(=言い切りの形;終止形に相当)において、語末が-ai, -ii, -oi, -uiであることから-i adjectives(イ形容詞)と呼ばれることが多いと説明しています。一方のAdjectival Nounsは名詞のような性質を持ちながら形容詞のような意味を持つ語であるとし、名詞を修飾する際には接尾辞-naを従えるため-na adjectives(ナ形容詞)と呼ばれることが多いと述べています。これは学校国文法とは異なり、形容詞のような意味的性質を持ちながらも語形変化をしないカテゴリーとみなしているわけです。

英語母語話者から見れば、形容詞のようでありながら動詞のような文法的特性を持つ語は奇妙に感じるようです。Hudson(1994)もイ形容詞が文体、時制、肯定・否定によって語形が変化する点で動詞に似ていると述べています。例えば、常体であれば-i, -kattaで現在と過去を表し分け、丁寧体であれば-i desu, -katta desuで現在と過去を使い分ける、といった具合です(Jorden, 1987: 40)。またHudsonは、イ形容詞の丁寧体に用いる「です」と名詞やナ形容詞に用いる「です」とを混同しないようにと学習者に呼び掛けています(Hudson, 1994: 28)。イ形容詞の場合は常体であれば「です」が削除されるのに対して、名詞やナ形容詞の場合は常体では「です」が「だ」に置き換えられるからです。

一方のAdjectival Nounsについてですが、HudsonもAkiyama and Akiyamaも述語を形成するには、copula(繋辞)として「だ」や「です」を加えると説明しています(Hudson, 1994: 38; Akiyama and Akiyama, 2012: 179)。さらに、Akiyama and Akiyamaはこれを英語のbeに相当するものであると述べています。このcopula(繋辞)に関して、デ・シェン(1997)は日本語においては断定の助動詞「だ」であると述べていることも踏まえると、日本語では助動詞、英語では動詞と品詞に違いはあるものの、日本語の「だ(です)」と英語のbeはある程度対応するということができます。ただし、Hudsonが強調しているように、イ形容詞の丁寧体に付く「です」は繋辞とは別の用法であることも意識しておく必要があります。こうした点は英語を学ぶ日本語母語話者にとっても大切であると思われます。

(続く)

参考文献

  • Akiyama, N., and Akiyama, C. (2012) Japanese Grammar. Third Edition. Barron's Educational Series.
  • Hudson, M. E. (1994) English Grammar for Students of Japanese. Ann Arbor: The Olivia and Hill Press.
  • Jorden, E. H. (1987) Japanese: The Spoken Language, Part 1. Yale University Press.

  • デ・シェン, B. (1997)『英文法の再発見』研究社出版

日本語の形容詞(その1)

形容詞と形容動詞

日本語を学校国文法の枠組みで見た場合、「形容詞」と「形容動詞」という品詞が設定されています。両者は別の品詞とされていますが、意味の面ではいずれも「事物の性質、状態を表す語」(尾上1982: 17)と定義されます。このため、形容詞を「~い」形容詞、形容動詞を「~な」形容詞と呼び、両者を「形容詞」という1つの品詞の下位区分と見なすこともできます(黒川2004: 197)。

形容詞と形容動詞の違いは形態的なものです。形容詞は「~い」で終わり、形容動詞は「~だ」で終わります。形容動詞は「名詞+だ」とも似ているため、この形態上の理由から形容動詞という品詞を認めない考え方もあります(時枝1950)。安藤(1986)も時枝と同様の立場をとりますが、「名詞+だ」の「名詞」の部分が性質や状態を表すという点で形容詞と似ているということも指摘しています(安藤1986: 77)。また、形容動詞の語幹は、主語になれないという点で名詞とは異なるという指摘もあります(尾上1982: 17)。

形容詞・形容動詞と動詞

日本語の形容詞・形容動詞は、動詞に近い性質があり、未然・連用・終止・連体・仮定という5つの形に活用します(命令形は現代日本語にはない)。命令形がないことは、形容詞・形容動詞と動詞の顕著にしています。動詞は表す状況がいつ生じて、続いて、終わるのかという「相」(aspect)を表すことができますが、形容詞・形容動詞には相を表すことができません(大野1978: 100)。このため、形容詞・形容動詞には「ル形」に相当する「~い」「~だ」で終わる語形と「タ形」で非過去と過去を表し分けることができますが、「テイル形」はありません。

(続く)

参考文献

  • 安藤貞雄(1986)『英語の論理・日本語の論理』大修館書店

  • 黒川泰男(2004)『英文法の基礎研究-日・英語の比較的考察を中心に-』三友社出版

  • 大野晋(1978)『日本語の文法を考える』岩波書店

  • 尾上圭介(1982)「日本語」森岡健二宮地裕・寺村秀夫・川端善明(編)(1982)『外国語との対照Ⅰ』講座日本語学10 明治書院
  • 時枝誠記(1950)『日本文法口語篇』岩波書店

『英文理解のための基礎知識』から『英文理解の基礎知識』までの四半世紀(その4)

『英文理解のための基礎知識』からの四半世紀

『英文理解のための基礎知識』は、その後に持田が予備校や塾で教えていく際の指針となっていました。構文主義てきなものを、中学英語レベルから取り組めるようにしていくための、1つの方向性を示すことができたと考えていました。

note.comそして、ここからのスピンオフ的に、阿部一先生との共著の形で大学教科書を出したりもしました。

この流れは、単著で出した大学受験学参でも続いていました。

この頃までは、自分が教えている読解文法の基礎の扱い方に大きな変化はなかったと思います。大きな変化が生じたのは、大学院で修士論文を提出したあたりです。

ownricefield.hatenablog.comここで、「意味の前に統語知識を明示的に学ばせたい」ということに加えて、「語の出ある日本語から英語の学びを立ち上げたい」という意識が自分の中で明確になってきました。2010年代は予備校や塾の授業でもこうした内容を盛り込んだプリントを配布して授業を実践していました。これを教材としてまとめあげたものが、『ゆっくりとしっかり学ぶ英文法』です。

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ownricefield.hatenablog.comこれを書くにあたってそれまでに参照してきた文献はリストにしてあります。

ownricefield.hatenablog.comこれをまとめ上げる過程で、『英文理解のための基礎知識』も改訂しようかな、と思うようになりました。日本語と向き合うことによって、英語として特に意識しなければならない語順や構造があると思うようになったからです。『ゆっくりとしっかり学ぶ英文法』は意味の面にも深く掘り下げた解説を付けていますが、これを『英文理解のための基礎知識』のように、もう少し形式的側面に特化して扱っていくことも、学習者のニーズによっては大切なのではないか、と思ったわけです。こう考えて取り掛かった改訂作業ですが、やっていくうちに、大幅改訂では済まされないくらいの変更が生じてきたため、タイトルを変えて別の教材としてリリースしたのが今回の『英文理解基礎知識』です。

note.comタイトルの「英文理解」には一貫したこだわりがございます。こちらの記事もお読みいただければと思います。

note.comこのシリーズは今回のその4をもって、終了いたします。お読みいただきありがとうございました。