持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

修士論文概要

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以下にお示しするのは、2012年1月12日に提出いたしました修士論文の概要です。修士論文のテーマは「メタ言語能力を育む文法教育:古典テキストの訳読で育む現代語の力」です。

修士論文概要

本研究の目的は、高等学校国語科におけるメタ言語能力の発達を促進する授業を提案することにある。このような授業を構想する理由は、言語教育という大きな枠組みのなかで国語教育と英語教育、とりわけ学校教育における国語科教育と外国語科教育との連携が必要であると考えるからである。平成16年2月の文化審議会答申「これからの時代に求められる国語力について」の「第2これからの時代に求められる国語力」にある「国語力の向上を目指す理由」のなかで「外国語の習得においても、母語である国語の能力が大きくかかわっている」と述べられている。英語の文法知識については2009年告示の「高等学校学習指導要領外国語編」において「コミュニケーション英語?」ですべての事項を扱うこととなっている。外国語科においてこれまで「英語?」「英語?」の2科目2年間にわたって取り扱ってきた文法事項を、高等学校1年の限られた授業時間(3単位)のなかで統合的な言語活動を行いながら習熟させるには国語科との連携が不可欠である。一方、同年告示の「高等学校学習指導要領国語科」においては、〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕が新設された。「国語総合」で扱うべきこれらの事項としては、言語文化の特質や我が国の文化と外国の文化との関係、文語のきまり、訓読のきまり、言葉の成り立ち、表現の特色、言語の役割などメタ言語能力の発達を促すために扱うべき事項が多く含まれている。ここでは学習指導要領という制度上の要請から国語科教育と外国語科教育の連携の必要性に言及したが、理論面からもこうした連携が有効であることを明らかにしなければならない。特に、メタ言語能力の発達を促進することがなぜ必要なのか、またメタ言語能力の発達を促進するためには何をどのように扱う授業とすべきか、というふたつの問いに答えることのできる理論的基盤が必要である。そこで本研究ではまず、第1章において、先述の制度上の問題について概観したうえで、メタ言語能力とは何かを明らかにし、その発達を促進することが国語科教育や外国語科教育にどのような効果をもたらすかについて示した。

続く第2章では、国語科と外国語科の連携が必要であるという主張のもとで、国語科が果たすべき役割について論じた。メタ言語能力の発達を促進する言語教育の中心は、文法教育にある。特に「ことばへの気づき」が重要である。このため、従来から一般的に行われていたような、活用表の暗記や、古典語文法の知識を古典語の文章にあてはめて品詞分解を行うというような演繹的な方法ではなく、学習者による主体的な文法への気づきないしは発見を尊重する必要がある。さらに気づきによって得た明示的な文法知識をより高度な言語活動の際に使用することで、さらにことばへの新たな気づきを得ることができる。この「より高度な言語活動」として着目したいのが訳読である。古文や漢文のテキストを理解し、その理解内容を現代日本語で表現していく過程のなかでことばの成り立ちや変遷に気づくことができるのではないかという見通しである。ここでは、漢文のみならず、古文も学習者にとっては外国語に近い言語的抵抗を感じるという「外国語性」を利用していく。このような言語活動・学習活動を行うには、これらの活動を支えるのに最適化された教育文法(pedagogical grammar)が必要になる。第2章で高等学校国語科における文法教育のあり方について考察し、教育文法の概念について言及した。従来の国語科の文法教育では国語学の研究成果に負うところが多かったが、国語学の研究と国語科における文法教育では目的が異なる。目的が異なれば文法記述の方法も異なる。第2章ではこうした点にも言及した。第3章では高等学校の文法教育を古典テキストの訳読という言語活動によって展開していくことを提案し、翻訳理論や第二言語習得研究の立場から考察を加えた。これらの理論に立脚するのは、先述したように学習者は古典語には外国語に似た言語的抵抗を抱くからである、本研究が学習者にとって古典語が第二言語であるという立場に立つからである。第3章では漢文の扱いについても論じた。従来の古典教育においては古文が主で漢文が従という印象が否めない。しかし、現代日本語の書記言語は漢文の影響が少なくない。文章の目的を情報伝達(to inform)、説得(to persuade)、歓待(to entertain)に分けた場合、前二者を目的の文章は特に漢文の影響が大きい。なぜならば、これらの文章の多くは江戸時代までは漢文によって書かれていたからである。こうしたことから、現代の書記言語教育に資する文法教育を構築するには、漢文を十分に扱うことが必要となる。第4章は教育文法の試論であり、第2章と第3章を受けて、教育文法のあり方について考察した。ここでは従来の学校文法では手薄といわれた統語論と形態論に言及した。統語論については、センテンスの概念が希薄な仮名文の分析にも役立つように「断片連鎖」という考え方を導入することを試みた。形態論については、動詞に絞って論じ、語形と意味とのインターフェースが明確になるような文法記述を目指して考察した。

メタ言語能力の概念やメタ言語能力と言語教育との関係が明らかになり、メタ言語能力の発達を促進するための文法教育に必要な文法知識のあり方が示せたならば、いよいよ実際の授業に向けた構想を明らかにしなければならない。これが第5章である。第5章ではまず、発見学習や参加型学習といった、教育方法学の見地から授業のあり方を示した。さらに、そうした知見を実際に生かす手法として「研究の手引き」と「授業レポート」の活用について言及した。そのうえで、単元構想という形で授業の提案を試みた。すでに「ことばへの気づき」のための帰納的アプローチによる文法教育であるとか、古文や漢文の訳読など、授業構想の方向性についてはその一部に言及してきた。しかし、高等学校において「ことばへの気づき」をねらった授業を行う理由のひとつには、メタ言語能力には個人差があるという事情もある。メタ言語能力の低い学習者はことばに対する興味・関心が低い可能性がある。このため、メタ言語能力の発達を促進する授業を進めていくときの入門単元的なものとして、ことばへの興味や関心そのものを高めるような単元が必要である。そこで、ことばへの興味・関心を高めるところから始まり、ことばへの気づきを促す帰納的アプローチによる文法教育、それに続く古典の訳読といった、段階的な学習を可能とするような授業構想を示すこととした。単元構想は高等学校「国語総合」での実践を想定したものであるから本来であれば年間指導計画の中でどう位置づけるかというところにまで言及すべきであった。しかし筆者が現在高等学校国語科の教壇に立つことができない状況にあることから、断片的な構想に留めた。本修士論文後に残された本研究の課題については終章にまとめた。課題は3点あり、国語科教育と外国語科教育の連携において、学習内容をどう接続していくかを明らかにすること、教育文法の内容を充実させること、そして構想を実践に移すことである。