読解文法から見た生成文法
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発表予定だったハンドアウトの続きです。
言語能力と言語運用
生成文法は言語能力のモデルを提案する理論である。言語能力モデルである生成文法のモデルを、そのまま文理解や文生成のモデルと見なすことには問題がある(坂本1995)。したがって、生成文法の標準理論(standard theory)の枠組みに基づいて、深層構造から表層構造を生成する過程をスピーキングやライティングにつながる文生成の手順と考える大沢(1971)の方法論には問題がある可能性が高いと言える。
文法知識により語と語の関係を計算して文の構造を分析していく過程は「統語解析」(parsing)と呼ばれる。統語解析は言語能力を発現する言語運用の一形態であり、言語能力そのもののモデルである生成文法とは分けて語られるべきものである。ただし、統語解析は統語知識によって行われるものであるから、統語解析に関与する知識とか何か、という観点から生成文法を捉えていくことは必要である。
句構造規則と変形規則
Chomsky(1957)などの初期理論以来、生成文法には句構造規則(phrase structure rule)と変形規則(transformation)という2つの規則が用いられている。Chomskyらの理論が「変形生成文法」と呼ばれるゆえんである。
句構造規則は句構造と呼ばれる文の基本構造を生成するための規則で、いわば語順を支えるルールである。変形規則は句構造規則だけでは説明できないとされる文を生み出すための規則で、受動文での主語の移動や疑問文における疑問詞の移動などがこれによって説明される。
句構造規則を読解文法に取り入れる利点は早坂・戸田(1999)の言うfewer rules, wider applicationということにある。Chomsky自身が“A fully adequate grammar must assign to each of an infinite sentences a structural description indicating how this sentence is understood by the ideal speaker-hearer.”(Chomsky1965: 4-5)と言っているように、生成文法はできるだけ少ない規則で無数の文を説明可能にするプログラムであり、こうした考えの理論を読解文法に活かすのは当然と言える。
統語解析から見た場合、文を理解するためには文を構成素(constituent)に分解して認識する必要がある。また同時に構成素を文に纏め上げる必要もある。こうした分解と統合という操作を可能にするためには、句構造規則のような知識が必要であることは明らかである(坂本2005)。
統語解析などの心理言語学の分野では変形規則を用いない文法理論が仮定されることが多い。平野(1986)は文法が実用的であるためには変形の概念は有害であると指摘する。心理言語学の立場はこの主張を裏付けるものと考えることもできる。この観点から考えると、読解文法には句構造規則だけあればよいということになる。しかし、「読解」という言語運用の視点だけでなく、「読解学習」という言語習得の側面から見れば学習のしやすさをも考慮しなければならない。田中(1987)は、外国語学習の際の言語入力として認知処理されやすくなる要因のひとつとして、既知の知識構造に新たな学習項目が結びつけられることを挙げている。大沢(1971)などが認めているように、生成文法が英語教師に注目された理由のひとつに従来の文法よりも構文と構文の関係を明快かつ統一的に説明している点にある。このことから、大野(1972)や高橋(1986)などが試みているような変形規則の援用の可能性も検討していく必要がある。
参考文献
- Chomsky, N. (1957) Syntactic structures. The Hague: Mouton.
- Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
- 早坂高則・戸田征男(1999)『リストラ学習英文法』松柏社.
- 平野清(1986)『実用生成英文法』開文社出版.
- 大野照男(1972)『変形文法と英文解釈』千城.
- 大沢俊成(1971)「なぜ英語教育に変形文法を取り入れたか」『英語教育』19(12) pp.2-5.
- 坂本勉(1995)「統語解析」大津由紀雄(編)『認知心理学3言語』東京大学出版会.
- 坂本勉(2005)「人間の言語情報処理」大津・坂本・乾・西光・岡田『言語科学と関連領域』(言語の科学11)岩波書店.
- 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版.
- 田中茂範(1987)「外国語学習における意味発達:単語の学習」田中茂範編著『コアとプロトタイプ』三友社出版,pp.3-22.
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