生成文法の知見を読解文法に援用することの有効性
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この記事は、10月28日に行われる予定でした阿部一英語総合研究所の研究会で発表する予定で制作していたハンドアウトの一部です。研究会は来月に延期になりましたが、せっかくのハンドアウトをひと月も塩漬けにしておくのももったいないので、ここにアップすることにしました。来月の発表はこの内容に修正を加えて行うつもりですが、さらにこの先の内容を発表することも選択肢の一つに考えております。
生成文法と英語教育
英語教育が生成文法から学ぶことができることは、生成文法の言語観に関わる事柄と、生成文法研究の展開の中で発見された英語の言語事実に関わる事柄の2つに分けられる(千葉1982)。言語観に関しては、人間が言語能力を用いて文を作り出し、理解するという言語運用の考え方や、あるいはその前提となる言語能力を獲得する仕組みについての考え方を英語教育に活かしていくことが考えられる。言語事実に関しては、安井(1996)や安藤(1983, 1985, 2005)などの、伝統的な学校文法の枠組みの中に生成文法によって得られた知見を取り入れたものに、その試みを見ることができる。また、中島(1980)のように生成文法の分析法を積極的に取り入れたものもある。
言語観からの援用と言語事実からの援用には、重なり合うところがある。それは変形の概念の援用である。生成文法は言語事実を記述する際にも、変形を用いることが一般的である。しかし、同時に変形は生成文法のモデルにおいて重要な役割を果たす概念でもある。伊藤(1971)は、変形の概念を言語分析上の便宜で作り出されたものではなく、人間の認識機構に関わるものであり、文法構造相互の関係を理解させるために変形規則を用いることは心理学的・生物学的原理に適ったものであると考えている。さらに大沢(1971)は句構造や変形の規則を利用することで、学習者が表現したい内容を言語化する手順を提示することを示唆している。
生成文法の援用に関わる議論
生成文法が英文の理解の役に立つかどうかについては賛否両論がある。渡部(1988)は生成文法や構造言語学が読解力向上には関与しないと主張し、その理由として研究者がすでに意味を了解している文のみを研究対象にしていることを指摘している。また予備校の教壇に立つ伊藤(1997a)は、授業に変形文法の概念を持ち込むことは変形文法の基本的な考え方を生徒に理解させておかない限り一種の詐術であると警告している。
学習者が生成文法の考え方を理解しておかなければならないという伊藤の主張は、いささか唐突な印象を与える。だがこれは学習者が従来の学校文法の枠組みに慣れているために、そうでない枠組みに基づく文法を提示することは学習者を混乱させるだけである、という意味であろう。伊藤は生成文法の学校文法への応用に対しては否定的であった反面、Sweet, Jespersen, Poutsma, Curmeなどの知見を取り込むことには積極的であったようである(山口1997)。この辺りは、渡部の生成文法や構造言語学に対する評価と通ずるところがあるのかもしれない。
しかし、渡部は高校生に文法と辞書を与えて適当な指導をすることで、2割くらいの生徒は2,3年のうちに英米の読書階級が読むような本でも読めるようになると述べている(渡部1988: 13)。伊藤にしても「文の5文型・時制・不定詞・関係詞などについて一応の知識を持っている人」(伊藤1997a:iv)を学習者として想定している。つまり、伝統文法の枠組みでは、すべての学習者が英語を読めるようになることを想定していないのである。このことだけを考えても、生成文法をはじめとする理論言語学の知見を読解文法に援用することを検討していくことは無駄ではないと思われる。実際、大野(1972)はそれまでの文理解のアプローチが漠然としすぎているため、理解の方法を明確にするには英文が生み出される構造上の手順を知る必要があると主張する。また高橋(1986)は「ある形がどのようにして生まれるのか」まで掘り下げて解説することによって学習者が理解と納得によって英文の統語構造に習熟できると主張している。
参考文献
- 安藤貞雄(1983)『英語教師の文法研究』大修館書店.
- 安藤貞雄(1985)『続・英語教師の文法研究』大修館書店.
- 安藤貞雄(2005)『現代英文法講義』開拓社.
- 千葉修司(1982)「生成文法理論と英語教育」『英語教育』31(9) pp.46-48.
- 伊藤克敏(1971)「変形規則の心理的実在−その英語教育への意義−」『英語教育』19(11) pp.4-7, 11.
- 伊藤和夫(1997a)『予備校の英語』研究社出版.
- 伊藤和夫(1997b)『英文解釈教室改訂版』研究社出版.
- 中島文雄(1980)『英語の構造』上・下 岩波書店.
- 大野照男(1972)『変形文法と英文解釈』千城.
- 大沢俊成(1971)「なぜ英語教育に変形文法を取り入れたか」『英語教育』19(12) pp.2-5.
- 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版.
- 山口俊治(1997)「私の見た伊藤和夫氏の業績」『現代英語教育』34(2) pp.10-11.
- 安井稔(1996)『改訂版英文法総覧』開拓社.
- 渡部昇一(1988)『秘術としての文法』講談社.
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