持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

応用言語学の担い手とは誰か?

生成文法と語学教育*1

中村(2006)は、生成文法の研究によって得られた言語事実が英文法教育に積極的に活かされていないことを指摘している。その理由として、を研究者側の要因と教師側からの要因をそれぞれ次のように指摘している。

  • 研究者側:純粋に生成文法理論を研究していて、その成果を英語教育に活かすことに関心がない。
  • 教師側:生成文法に関心がないか、関心があっても利用できない状況にある。

この要因を分析していくと、この問題はどちらかというと教師の側に非があると言わざるを得ない。理論言語学者の第一の仕事は理論研究そのものであり、その成果を英語教育などの関連領域に関心を持つかどうかが二の次であっても責められる筋合いのものではない。それに対して、教師にとって教科指導は仕事の中心をなすものの1つであり、教科指導に専念できる立場にある教師もいる。教科指導をよりよいものにするために言語学を含めたさまざまな理論に関心を持つのは当然であり、生成文法もその例外ではないはずである。

理論研究者の貢献

中村(2006)は、生成文法研究者がその成果の文法教育への応用可能性について積極的に発言すべきだと主張している。中村自身は安井・秋山・中村(1976)などで生成文法において発掘された新たな言語事実を「英文法」としてまとめる作業を行っている。中村(2006)は理論研究者がさらに積極的に英語教育に発言していく必要があると主張している。しかし、すでに教師が生成文法によって得られた言語事実を利用する環境はある程度整っている以上、ここから先は教師の側が自らの頭でその利用の仕方を検討していく段階に入ったと言える。
生成文法研究者の考える「文法教育」が何を指しているのかにも目を向ける必要がある。岡田(2005:63)は「英文法研究者の社会貢献の動きと英語教育界における英文法指導への復帰の機運が手をつなげば大きな力になるだろう」と述べている。このことから分かるように、生成文法をはじめとする理論言語学研究者の想定する「文法教育」とは明示的な文法指導である。しかし教師の立場からすれば、文法学習を非明示的に行うことも想定しなければならない。幅広い文法学習に対応できる文法研究は教師の側が行うべきものであり、理論研究者にこれ以上甘えるべきではない。応用言語学の担い手は教師なのである。

「学習文法」と「教育文法」

中村(2006)はまた、英語教育において教授者用の文法である「教育文法」と学習者用の文法である「学習文法」の2つが必要であると指摘している。前者は教える側が知っていると役に立つ内容、後者は学習者が学ぶべき内容と定義している。こうしてみると「教育文法」の定義が幾分控えめな感じがする。これは理論研究者が提示する言語事実はときに断片的になりがちであることを暗に示すものと言える。このままでは「教育文法」はその目的を果たせずに、文法好きの教師の「小ネタ」に成り下がってしまう恐れがある。
こうした事態を避けるためには、教師が持つべき文法知識を体系化する理論的な枠組みが必要である。佐々木(2003)が言うように「教育文法」は一段低い「文法」のように見られがちだが、そう見られてしまうのは、これまで教師のための資料としての英文法の体系を構築する努力を怠ってきたからである。その意味でも「教育文法」の呼び方はあまり適切なものとはいえない。
以前に何度か触れたように学習者の文法知識と教師の文法知識は必ずしも同じものではないため、明確に区別する必要がある。しかし教師が持つべき文法知識は学習者の文法学習に資するものでなければならないため、教師用の文法が学習者用の文法の基盤とならなければならない。

  • [学習文法理論]:教師が持つべき文法知識の体系

   ↓ 〈提示など〉

  • [学習文法]   :学習者が学ぶべき文法知識

教師が持つべき知識は体系的でなければならないが、学習者が学ぶべき知識は必ずしも体系的である必要はない。英語学習者のすべてが英語ができるようになることは望ましいことであるが、英語学習者のすべてが英語学者になるかどうかは別の問題である。

参考文献

  • 中村捷(2006)「意味合成と解釈」『英語教育』54(12) pp.63-65.
  • 岡田伸夫(2005)「英文法研究の英文法教育への応用」『英語教育』54(4) pp.63-65.
  • 佐々木剛志(2003)「教育文法?」『英語展望』110 pp.40-45.
  • 安井稔・秋山怜・中村捷(1976)『形容詞』(現代の英文法7)研究社出版

*1:この問題はすでに岩崎永一先生が扱っています(http://d.hatena.ne.jp/eiichiiw/20060115)。合わせてご覧下さい。