持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

特定の言語理論のみを援用することの問題点

言語習得過程に沿った文法をめぐる試み

生成文法理論が示した言語獲得装置(acquisition device;AD)は、英語教師に母語獲得と外国語習得の違いを考えるきっかけをもたらした。その結果、外国語習得では一次的言語資料(primary linguistic data;PLD)が絶対的に不足するという点で、理想とはほど遠い言語環境で目標言語を学習せざるを得ないという現実を再認識するに至った。そうした不利な状況を補うために、適格文のみを組織的に与えるように教材を組み立てたり、特定の場面や文脈のなかで言語知識が習得できるように工夫できるように配慮する(伊藤・村田1982)。

言語能力と言語運用の混同

生成文法はそうした教材論にも大きな影響を及ぼした。この傾向は、特に1960年代から70年代にかけて顕著であった。生成文法の知見は英文解釈と英作文の領域に援用されたが、英作文への援用には多くの問題を抱えていた。生成文法においては、深層構造、表層構造のいずれも言語能力を構成する概念である。しかし、当時の作文指導には深層構造から表層構造を導き出す手順を提示するという指導法が見られた(大沢1971)。これはChomsky(1965)で区別した言語能力と言語運用の混同である。こうしたところに、新しい言語理論を吸収して英語教育をよりよいものにしようとする意欲が感じられるとともに、特定の言語理論にのみ依拠し、言語理論の変遷に伴って指導法や教材論も変容していくという状況が、依然根強かったことを伺わせる。

出力を入力にする試み

早坂・戸田(1999)では、外国語習得においてADが限定的な機能しか果たさないという立場に立ち、言語資料ではなく、組織化の度合いを高めた文法モデルを学習者に提示することを提唱している。

  • M(G2)→[(AD)]→G2

この場合、学習者の年齢や論理的思考力の発達に合わせた学習文法というものを考えていくようになる。現在でも明示的文法指導はこの立場をとるのが妥当であると思われる。しかし、そうした明示的文法知識をどう記述し、提示していくかという具体的な内容は以前明らかであるとは言えないし、習得した知識をどのように言語運用に活かしていくかという過程も明らかではない。

参考文献

  • 早坂高則・戸田征男(1999)『リストラ英文法』松柏社
  • 伊藤健三村田勇三郎(1982)「学習文法」伊藤・島岡・村田『英語学と英語教育』(英語学大系12)大修館書店.
  • 大沢俊成(1971)「なぜ英語教育に変形文法を取り入れたか」『英語教育』19(12) pp.2-5.