持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

母語獲得と外国語習得

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今回のエントリーは、以前のエントリーの内容の一部を拡充したものとなっています。

Chomsky(1966)の母語獲得モデル

Chomsky(1966:20)は、人間の母語獲得を次のようにモデル化している。

  • primary linguistic data→[AD]→G

primary linguistic data(一次的言語資料;PLD)とは、人間が意識的・無意識的に聞いたり(ときに読んだり)することばであり、文法的に適格な文もあれば、非文もある。文の体裁を成さない断片的なものもある。それらが不規則に、かつ非体系的にAD(aquisition device;獲得装置)に入力される。ADはPLDが入力されると活性化され、PLDの属す言語の文法知識Gを出力する。これが生成文法で言う「言語能力」(linguistic competence)である。この獲得モデル自体は母語が外国語かという区別をせずに理想化されたものであるが、基本的には母語の獲得を念頭に置いたものであると思われる。

ADと外国語習得

外国語習得において、ADが母語獲得の場合と同様に機能するかどうかについてはさまざまな見解がある*1。レネバーグ(1972)は生物学的な理由から、母語の発達が終了する12〜13歳以降ではADが機能しなくなると述べている。しかし、その証拠としてあげられているのは、外国語学習者における「母国語なまり」の頻度のみで、Chomskyの理論の中心をなす統語知識の獲得に関しての言及はない。
斎藤(1971)は、外国語習得においても、Chomsky(1966)のモデルを想定してよいと述べている*2。斎藤によれば、母語の獲得と外国語の習得で異なるのはADの機能ではなく、外界の違いであるいう。たとえば、日本で英語を学ぶ場合、英語のPLDは教師が意図的につくり出していく必要がある(伊藤1982)。このため英語学習においてはPLDは質的には不自然であり、量的にも絶対的に不足する。また、伊藤は母語の獲得は無意識的であるのに対して、外国語の習得は意識的であり、かつ言語使用もコミュニケーションのためというよりは言語習得のためという側面が強くなることを指摘している。このため、斎藤(1971)は構造練習を中心とする「言語能力練習」と場面との関係を重視した「言語運用練習」し、後者の重要性も指摘している*3。斎藤はまた、外国語習得ではPLDに加え、母語の知識や、数学学習などで得られた論理的思考力などの後天的要素が関与することを指摘し、PLDの不足は外国語教育を体系的に行うことによって克服すべきであると主張している。
これに対して、早坂・戸田(1999)は母語獲得後はADが十分には機能しなくなるという立場をとる。このため外国語習得における言語入力はPLDではなく、精選し体系化された言語資料(selected or systematized linguistic data;SLD)であると指摘している。

  • SLD2→[AD]→G2

このモデルの「2」という数字は母語第一言語)ではない「第二言語」であることを意味する*4。早坂・戸田は従来の学校文法はSLDとして機能するものであったと指摘している。

果たして英語教育に生かせるのか?

今回は、生成文法の標準理論の頃の言語獲得モデルと英語教育との関係について見てきた。この種の研究はSLAの領域で現在も進められている。しかし、生成統語論の理論であるADやUGの研究から得られるのは主に統語知識の習得に関わるものであって、それ以外の知識についてははっきりしないところが多い。Chomsky(1965:33)は、"it has been found that that semantic reference may greatly facilitate performance in a systax-leraning experiment"と述べているが、上述の斎藤(1971)、伊藤(1982)、早坂・戸田(1999)のいずれも、文法の意味論的側面を統語的知識と同様に体系化すべきかという問題について何も言及していない。さらに生成文法で言う言語能力自体が、コミュニケーション能力の一部をなすに過ぎない。こうしたことを踏まえると、現在にいたるまでのUGやUG-based SLAの研究を敷衍するだけでなく、他の言語理論の言語習得観にも目を向けていく必要がある。

参考文献

  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Chomsky, N. (1966) Topics in the Theory of Generative Grammar. The Hague: Mouton.
  • 早坂高則・戸田征男(1999)『リストラ英文法』松柏社
  • 伊藤健三(1982)「言語観と英語教育」伊藤・島岡・村田『英語学と英語教育』(英語学大系12)大修館書店.
  • レネバーグ, E. H. (1972)「言語の生物学的基礎」神尾昭雄訳,レスター(編著)『応用変形文法』大修館書店.
  • 藤武生(1971)「変形文法と外国語の習得」『英語教育』19(11) pp.12-15, 86.

リストラ・学習英文法

リストラ・学習英文法

*1:これは、ここで扱っている1960〜70年代の研究だけでなく、現在のUG-based SLAの研究においても同様である。

*2:ただし、斎藤は「チョムスキーがいくつかの論文で述べている主張」(1971:13)と述べているだけで具体的な出典には言及していない。

*3:ただし、当時は言語運用練習の理論的基盤も、具体的な指導法も未整備であった。

*4:ここでは心理言語学的な意味での「第二言語」である。