持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法における統語論③

学習過程と統語論

斎藤(1971)が提唱した「言語能力練習」と「言語運用練習」の区別は、言語の正確さを身につける上では重要である。前者の具体的な方法としては、機械的なドリルが依然として有効である(阿部2006)。統語知識を身につけていくには、こうしたドリルに加えて教師による文法項目の説明も必要であるが、阿部は文法説明の比重が大きくなりすぎると、英語学習とは暗記であるという印象を学習者に与えかねないことを指摘している。しかし、伊藤(1965)が指摘するように、高校レベル以上の英文を読むためには複雑な統語構造を説明していくことは避けられない。統語構造の説明を効果的なものにするには、詰め込みの文法から理解する文法へ再構築していくこと(江藤2006)と、学習文法自体をできる限りコンパクトにしていくことが必要である。
学習文法の統語論のために生成文法の知見を援用する場合、言語運用のためには句構造規則だけで十分であり、変形規則は統語構造をネットワーク化して学習しやすくするためのものである。この視点に立てば、現実の英語のほぼすべてを句構造規則から生成する枠組みが必要であり、変形規則を適用して生成した形式も、句構造規則に組み入れることが必要になる。理論言語学からみれば、ある統語形式が句構造規則と変形規則の両方から生成することができるなどというのは不適切である。しかし、言語運用と言語学習のための応用言語学の視点に立てば、こうした枠組みも容認されなければならない。

複合変形の解体と継承

変形規則によって生成した統語形式を句構造規則に組み入れるという考え方は、複合変形を解体しつつも、その概念を継承していくことを意味する。複合変形はHarris(1965)などの変形を初期の生成文法で継承したものである。伊藤(1965)はこの理論を英語教育に応用することを試みているが、変形によって一気に複雑な構造を持つ文を生成するやり方は、学習者にとって難しく感じられるかもしれない。このため、変形と埋め込みの過程を段階的に示すことで、複雑な統語構造をより理解しやすいものすることを考えていく必要がある。大野(1971)は、これを循環特性(cyclical features)という形で純粋な句構造規則とともに提示している。生成文法の理論を知るものにとって句構造規則と変形規則は別個の規則であるという認識は当然のものであるが、一般の学習者にとっては英語ができるようになればよいわけで、こうした規則の区別はさほど重要ではない。したがって、現実の英文を生成するすべての規則を句構造規則として一本化する方が学習者にとって有益であり、「これだけの規則で英語が理解できるんだ」という安心感を学習者が抱くことができるはずである。

参考文献

  • 阿部一(2006)「教師のための語彙論」『英語教育』55(7) pp.14-17.
  • Harris, Z. S. (1965) "Transformational Theory" Language 41 pp.363-401.
  • 江藤裕之(2006)「『実用的』な文法教育とは」『言語』35(4) pp.38-43.
  • 伊藤克敏(1965)「変形理論の英文理解への応用」『英語教育』13(12) pp.5-7.
  • 大野照男(1971)「変形理論と英文解釈」『現代英語教育』7(11) pp.18-20, 9.
  • 藤武生(1971)「変形文法と外国語の習得」『英語教育』19(11) pp.12-15, 86.