持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

生成文法の諸概念と読解文法

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これも発表予定だったハンドアウトの続きです。

核文

核文(kernel sentence)とは初期理論における概念であり、句構造規則によって生成された終端記号列(terminal strings)に義務変形を適用することで得られる文である(Chomsky1957)。義務変形とは接辞移動などの変形を指す。このため、核文は能動肯定平叙文となる。この核文に受動変形、疑問変形、否定変形、命令変形などの随意変形を適用することで、受動文、疑問文、否定文、命令文がそれぞれ生成される。ここで重要なことは、核文は現実に用いられる文であり、他の文を生成するための基本形としての役割を果たしているということである。このため、学校文法でそれまで行っていた各構文の導入を、変形理論によってより明快に整備することができるようになった。
初期理論には上記の変形に加えて、埋め込み変形と等位接続変形という2つの複合変形と呼ばれる規則があり、これにより文構造が複雑にメカニズムを説明することが可能になり、英文解釈法の刷新に大きな役割を果たした。伊藤(1965)は、学習者が日本語に訳しても意味が理解できないような複雑な構造をもつ文に対して、その文が核文からどのような変形過程を経て作り上げられているのかを明らかにすることが大切であると指摘している。同様の立場で読解指導を試みた例には他に大野(1971)や小川(1971)がある。
初期理論のこうした考え方は、翻訳理論にも応用されている。ナイダ・テイバー・ブラネン(1973)は、語と語の関係を明確に把握する方法として、文中の行為語をすべて動詞に、事物語を名詞に、そして質や量を表す語を形容詞や副詞に還元することを取り上げている。ナイダらは、文を還元して得られる核文には言語間で合致する要素が多いため、文意を歪めることなく、翻訳を行うことができると主張する。この主張は、複雑な文構造の前に萎縮しがちであった日本の高校生を救済しようとした、先述の伊藤(1965)、大野(1971)、小川(1971)に通ずるところがある。大野(1972)や高橋(1986)は、こうした試みを学習参考書として体系化したものである。高橋が「『文』を出発点として、『文1』が『文2』に埋め込まれるさまざまな様相を分析」することをテーマとしていると述べているところからも、このことを伺うことができる(高橋1986:iv)。

深層構造

深層構造は意味解釈に関わる文法構造である。生成文法がChomsky(1957)などの初期理論から、Chomsky(1965)に代表される標準理論(Standard Theory)へ移行する最大の原動力となったのは、文の意味は基底句構造からのみ決定され、変形規則が意味を変えることはない、というKatz and Postal(1964)の仮説であった。変形規則が意味を変えることはないということは、核文から随意変形によって疑問文・否定文・命令文・受動文を生成するという考えは認められないことになる。生成文法の知見を英文解釈法に援用するときの一番の拠り所であった複合変形もまた、同様の理由で標準理論では破棄された。この段階で変形規則は構文相互の関係を説明するものから、句構造規則などの基底部門により生成された深層構造から、現実の文である表層構造へ写像するためのものへと、その性格を変えていった。
「初期理論が英語教育に役立つか」という問いは、「変形という概念が英語教育に役立つか」という問いと同じと見てよい。だとすると、「標準理論が英語教育に役立つか」という問いは、「深層構造の設定は英語教育に役立つか」という問いと同じであると見ることができる。
この問いに関して、早坂・戸田(1999)は学習者が深層構造を現実に存在する文と混同するおそれがあるとして表層構造として存在しない文はなるべく提示しないようにすべきであると言う。一方、深層構造の設定が英語教育に役立つという立場をとる玉井(1971)は、意味解釈のための文法構造が文の外形とは別に設定されているということは、文の外形では文を理解するには不十分であるのではないか、と考えている。
読解文法の観点に立てば、文理解のために必要なのは表層構造の認識である。しかし、深層構造のような、文の意味を理解するための表示レベルが必要であるという玉井の指摘も頷けるものがある。数学教育に携わった遠山(1972)は、分離量と連続量という抽象的な概念を児童に理解させるためにタイルという半具体物を用いた。言語教育においても、意味という目には見えない抽象的な概念を何らかの形で目に見えるように示してあげることが必要だと考えることができよう。

意味理解に必要な表示レベル

深層構造は意味解釈に関与する表示レベルであるが、文法的な表層構造に写像可能なものである(荒木他1982)。このため、福村(2000)が言うように、深層構造とは言っても従来から考えられている文法構造とさほど違うものではない。だが、見た目に大差がない深層構造が意味理解の助けになるのかどうかが問題になる。
厳密に言うと、深層構造は意味解釈に関与するものではあるが、あくまでも統語構造である。この深層構造の設定に大きな影響を与えたKats and Postal (1964)の仮説は2通りに解釈できるという。

Katz-Postal Hypothesis, weak form (KP1):
Semantic projection rules operate exclusively on underlying phrase-markers; hence transformations do not change meaning.

Katz-Postal Hypothesis, strong form (KP2):
All semantic information is represented in underlying structure.
(Jackendoff 1972: 7)

KP2の立場をとると、深層構造は統語構造というよりもむしろ論理構造の表示でなければならなくなる。このように深層構造の抽象度が高くなると統語上の意義が薄れ、深層構造は意味表示であるとする生成意味論(generative semantics)に至る。Lakoff(1976)では生成意味論を提唱するいくつかの理由を述べている。そのうちの1つが次のようなものである。

One is the intuition that we know what we want to say and find a way of saying it. A theory that maps meaning onto syntactic structures might acount for this intuition. (Lakoff 1976:50)

この立場は言語習得に馴染むものである。さらに2つめの理由として次のようなことも述べている。

Then there is the purely practical motivation (theorists should shut their eyes at this point) that researchers in machine translation will sooner or later be forced to develop such theory. (ibid. 1976:50)

生成意味論機械翻訳への応用をも射程に入れているとなると、この理論における意味表示(semantic representation)は特定の個別言語に固有のものではなく、より普遍的なものになるはずである。実際Lakoffは次のようにも述べている。

I assume that a grammar of a language is a system of rules that relates sounds in the language to their corresponding meanings, and that both phonetic and semantic representations are provided in some language-independent way. (Lakoff 1971:232)

生成意味論において、深層の意味表示は、山梨(1983)が指摘するように原始述語(primitive predicate)と関連する項からなる関数によって表現される。

"John persuaded Mary to hit Fred."
(CAUSE (JOHN, COME ABOUT (INTEND (MARY, HIT (MARY, FRED)))))

語彙分解を介して原始述語による意味表示は表層の言語表現の背後にある共通の意味構造を抽出したものである。こうした表示はそのまま学習文法に持ち込むのは難しいかもしれないが、何らかの形で表面の文構造の背後にある意味表示を目で見て分かるようにする方法を考えていく必要がある。

D構造

生成文法は標準理論以降も幾度かの修正を経て、Chomsky(1981)などによる統率束縛理論(Government and Binding Theory;GB理論)へと発展した。この理論の枠組みでは、意味解釈には表層構造のみが関与すると考えられ、深層構造から表層構造へ、より明確に写像できるようにするためにいくつかの空範疇(empty category)が設けられた。このように表層構造、深層構造ともにその役割が大きく変わってきたために、それぞれS構造、D構造という呼び方に改められた。
GB理論における空範疇には、PROと痕跡(trace)がある。PROは英語では不定詞や動名詞の主語の位置に現れる空範疇であり、学習文法に応用した場合は「意味上の主語」をより明確に捉えることが可能になり、定動詞節(that節など)と対比させながら準動詞構文に習熟させることが可能になる。痕跡とは名詞句やwh-句が移動するときに、元の位置を示すための空範疇である。これを学習文法においようした場合は受動文と能動文との関係や、疑問詞や関係詞の節の仕組みを寄り明確に提示することが可能になる。

参考文献

  • Chomsky, N. (1957) Syntactic structures. The Hague: Mouton.
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Chomsky, N. (1981) Lectures on Government and Binding. Berlin: Mouton de -Gruyter.
  • 福村虎次郎(2000)「生成文法と学校文法〈1〉」『英語教育』pp.48-50.
  • 早坂高則・戸田征男(1999)『リストラ学習英文法』松柏社
  • 伊藤克敏(1965)「変形理論の英文理解への応用」『英語教育』13(12) pp.5-7.
  • Jackendoff, R. (1972) Semantic Interpretation in Generative Grammar. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Katz, J. J. and Postal, P. M. (1964) An Integrated Theory of Linguistic Descriptions. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Lakoff, G. (1971) "On Generative Semantics." In Steinberb and Jacobovits eds. pp.232-296.
  • Lakoff, G. (1976) "Toward Generative Semantics." In McCawley, J. D. ed. Syntax and Semantics 7. New York: Academic Press. pp.43-61.
  • ナイダ, E.A., テイバー, C.R, ブラネン, N.S.(1973)『翻訳−理論と実際』研究社出版
  • 小川敏満(1971)「変形文法と読解指導」『英語教育』19(12) pp.22-26.
  • 大野照男(1971)「変形理論と英文解釈」『現代英語教育』7(11) pp.18-20, 9.
  • 大野照男(1972)『変形文法と英文解釈』千城.
  • 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版
  • 遠山啓(1972)『数学の学び方・教え方』岩波書店
  • 山梨正明(1983)「意味と知識構造」『数理科学』240, pp.44-52.