持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法における変形

変形理論の折衷と統語構造のネットワーク化

原口・鷲尾(1988)は、Harrisの変形(変換)とChomskyの変形の最大の違いは、Harrisの変形が文と文とのあいだの対応関係を扱うのに対し、Chomskyの変形は抽象的な構造(深層構造)を別の構造(表層構造)に写像するという点にあると指摘している。Chomskyの理論でも初期においては、変形の概念をHarrisのものに近い形で用いている。学習文法において変形を用いる目的は、新たに学ぶ統語構造を学習者にとって既知の統語構造と関連づけるためであるから、Harrisの理論や初期の生成文法理論に見られる、核文から他のさまざまな文に派生させる変形規則の方が、その後の生成文法の変形規則よりも有効であるように思われる。
しかし、初期理論における変形規則は複合変形などの大がかりなものが多く、そのまま学習文法に援用しても、学者にしてみれば、どこがどう変わったのかということを一目で確認するのが困難になることも十分予想される。このため、初期理論のように核文から他の文に一気に変形させるのでなく、学習者に理解しやすいように段階的に示すことが必要になる。こうした、いわば変形の履歴のようなものとして、空範疇を伴うS構造やD構造のような表示レベルを設定することを提案しようと思う。
たとえば、阿部・持田(2005)における受動文の提示はChomsky(1981)の分析を参考にしている。能動文の主語を削除することによってD構造に近い形を作り出し、目的語の位置にある名詞句を主語の位置に移動させ、元の目的語の位置に痕跡をもつS構造に近い形を生成し、現実の受動文と結びつけている*1。一方、wh-節の導入では、核文の前にCOMPに相当する空所を付加し、[□+文]を節の基本構造であり、D構造相当の表示レベルとする。そのうえで文中の構成素をwh-句に置き換えて□の位置に移動させる。wh-句に置き換えられて移動した構成素のあった元の位置を痕跡としたS構造相当の表示を経て関係詞節や疑問詞節となると提示する。この場合、wh-語が文を名詞要素や形容詞要素などに転換させる働きを担うと考えることができる。大場(1996)のいう「転換子」と同じ発想によるものである。

参考文献

  • 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社
  • Chomsky, N. (1981) Lectures on Government and Binding. Berlin: Mouton de Guyter.
  • 原口庄輔・鷲尾龍一(1988)『変形』(現代の英文法11)研究社出版
  • 大場昌也(1996)「新しい学校英文法のための5つの提案(5):文の転換」『英語教育』45(8) pp.60-63.

現代の英文法 (第11巻)

現代の英文法 (第11巻)

*1:ただし、述語動詞の導入はChomsky(1981)よりもHPSGなどに負うところが大きい。INFLなどの抽象的な範疇を学習文法に持ち込むことは適切ではないと考えられるからである。