認知言語学と学習英文法(その3)
テンスとアスペクト
動詞がコトを表すとなると、その出来事がいつのことなのかを示さなければならない。これを表す動詞の形がテンスである。英語のテンスには現在と過去の2つがある。認知言語学を援用した文法では「未来時制」は認めないのが普通である。また、動詞が表すコトには、動きや変化、継続しているのか完了しているのか、といった情報も盛り込まなければならない。これを表現するのがアスペクトである。アスペクトには、変化が感じられない単純アスペクト、継続中の進行アスペクト、完了している完了アスペクトがある。テンスやアスペクトという用語は言語学では一般的なものであって、認知言語学特有のものではない。ただ、学習文法書でこの2つの概念を前面に押し出したのは、田中(2008)が初めてではないだろうか*1。
ここで問題となるは、従来の学校文法の「〜時制」や「〜形」に代えて「テンス」や「アスペクト」という用語を用いることがだとうかどうかである。田中がこの用語を用いたのはおそらく、両者の概念を区別した方が学習者にとって有益と考えたからであろう。確かにCelce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)ではテンスとアスペクトを区別した方が学習しやすくなると述べられている*2。つまり、12時制として一度に提示するよりも、それらがテンスとアスペクトの(さらに法助動詞などとの)組み合わせに過ぎないのだと教える方がよいということである。
このように、テンスとアスペクトは分けて提示した方が学習者にとっては有益なのではないかという見通しが立った。しかし、このこととテンス・アスペクトという用語を使うこととは別の問題である。学習者がすでに「〜時制」や「〜形」という用語になれているのであれば、この用語をうまく生かした方が、学習者の負担は軽減されるはずである。会計学に「永続事業仮説」(Going-concern assumption)という概念がある。教師は新しい教え方を編み出すと、いきなりそれで学習者を指導することがある。だが、学習者の言語知識は決して白紙(tabula rasa)ではなく、すでに学習した知識を記憶のどこかに抱えている存在である。こう考えると、テンスは「(基本)時制」とし、アスペクトが絡む形式は「進行形」「完了形」などとすればよいのではないだろうか。
認知言語学を学習英文法に援用する場合、重要なのは上述のようなことではない。このような問題は生成文法を援用した方が早く、確実に整理できる*3。認知言語学からのアプローチとしては、学習者がどのように効果的なアスペクトの使い分けができるようになるかのほうが重要な問題である。白井(1994:37)は、アスペクトを「ある現象について語ろうとするときに、話し手がその現象の起点、終点、持続性などの時間的特質をどのように捉えるかの様々な方法」と定義している。白井はアスペクトを「状況アスペクト」(Situation Aspect)と「視点アスペクト」(Viewpoint Aspect)という2つの概念に分けて論じている。前者は語彙に内在しているアスペクトで、後者が進行形などの文法的アスペクトである。認知言語学では状況アスペクトはコア理論などの語彙意味論で扱うことができるし、視点アスペクトはそれを踏まえてどういう状況をどう捉えたときにどのような形を用いるかといった表現文法的な観点から記述することができる。動詞が持つ意味によって進行形の使われ方が変わるということであるが、動詞の意味はまたどのような語句と共起するか、つまり文型とも密接な関係がある。いままで別物とされてきたテンス・アスペクトのシステムと文型のシステムが動詞の意味を出発点として扱うことができるならば、文法学習の順序などを見直すこともできるのではないだろうか。