持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法のグランドデザイン⑧

理論言語学を援用する理由−従来の枠組みはダメなのか?

理論言語学における文法理論は学校文法とは別物であるのだから、学習文法に理論言語学の知見を盛り込まなくてもよいのではないかという声が聞かれる。この疑問に答えるには現状の学校文法における品詞論を考えればよい。以下に示すのは山口(1989)に見られる品詞の定義である。他の学習参考書もおおむね同様の記述であると思われる。

  1. 名詞:人や事物の名を表す語。文の主語・補語・目的語になる。
  2. 代名詞:名詞の代わりをする語。文の主語・補語・目的語になる。
  3. 動詞:主語の動作や状態を表す語。文中で述語動詞になり、自動詞と他動詞がある。
  4. 形容詞:名詞や代名詞の性質や状態を表す語。名詞・代名詞を修飾したり、文の補語になる。
  5. 副詞:時・場所・程度・様態などを表す語。主として動詞・形容詞・他の副詞を修飾する。
  6. 前置詞:名詞・代名詞の前に置かれ、“前置詞+(代)名詞”の形でいろいろな形容詞句・副詞句をつくる。
  7. 接続詞:語・句・節などを結びつける働きをする語。
  8. 間投詞:喜び、悲しみ、驚きの感情を表したり、相手の注意を引くときに発する語。ふつう文頭に置かれるか、独立して用いられ、感嘆符(!)がつくことが多い。

寺島(1986)は、低学力の学習者には品詞の識別、特に名詞と動詞の認識が困難であると指摘している。教師にしてみれば上記のような定義で品詞を「説明した」ということになるのだが、学習者にとっては「説明」になっていない可能性があるといえる。
品詞は文法用語としても、明示的な文法指導を行う上でどうしても避けることができないものの1つである。それにもかかわらず品詞の識別が困難な学習者が少なからず存在するというのであれば、品詞論を根本から見直す必要がある。そのためには、さまざまな文法理論から必要な知見を援用していくことが必要なのである。

日本語の文法への意識化

従来の学校文法では、学習者がすでに獲得・習得している日本語の知識をあまり考慮してこなかった。Vygotsky(1986)は外国語学習と母語の知識の関係について次のように述べている。

Success in learning a foreign language is contingent on a certain degree of maturity in the native language. The child can transfer to the new language the system of meanings he already posesses in his own. The reverse is alse true − a foreign language facilities mastering the higher forms of the native language.(Vygotsky1986:195-196)
A foreign word is not related to its object immediately, but through the meanings already establisdhed in the native language.(ibid.:197)
In the case of language study, the native language serves as an already established system of meanings.(ibid.:197)

国語学習、特に意味の学習において母語の知識が媒介的な役割を果たすということをVygotskyは指摘している。寺島(1986)はこの指摘と、遠山(1972)の数学教育における「水道方式」の実践から、日本語知識が外国語学習における「半具体物」の役割を果たす可能性に着目している。そして日英語の対照研究が日本の英語教育に貢献する可能性を示唆している。
国語教育は必ずしも日本語の知識を明示的に教えるようにはなっていない。しかし外国語である英語の文法知識を明示的に学ぶうえでは、一度日本語の文法に意識を向けさせて、日英の類似点と相違点を通じて英語の仕組みに気付かせるようにすることも必要である。このためにも理論言語学の知見が必要なのである。

参考文献

  • 寺島隆吉(1986)『英語にとって学力とは何か』三友社出版.
  • 遠山啓(1972)『数学の学び方・教え方』岩波書店
  • Vygotsky, L. (1986) Thought and Language. Cambridge, MA: MIT Press.*1
  • 山口俊治(1989)『コンプリート高校総合英語』桐原書店

*1:newly revisedの版を参照しました。