学習文法における命題構造
学習文法のグランドデザインを考えていく上で、命題構造は文型論に関わる重要な問題である。従来の学校文法では品詞論から文型論へ導くことが多かったが、佐々木(1973)、伊藤(1979)、山口(1986)などの学習参考書での試みから分かるように、「語」よりも「文」から文法を学ぶことの効率性は経験的に明らかである*1。このため命題構造から文型論・品詞論を再検討し、学習文法の構築に資するものとしたい考えている。*2
事態認識のパターン
人間は外部世界を構成するさまざまな事態を、基本的な認識のパターンに基づいて理解している。そのパターンいくつかのものが考えられるが、山梨(1995)は次の3つを挙げている。
- 〈状態〉:モノの存在、またはモノとモノとの関係
- 〈変化〉:状態の推移、またはモノの移動
- 〈因果関係〉:モノからモノへの力(エネルギー)の移動とその影響による状態変化
山梨は認知文法論の立場から認知ネットワークモデルによる説明を試みている。認知ネットワークモデルでは事態認識のどの部分が前景化され、どの部分が背景化されるかによって自動詞構文と他動詞構文が相対的に規定される。このため〈行為〉は独立した事態認識のパターンではなく、この3つのパターンのネットワークのなかで捉えられている。
池上(1975)は言語表現の対象となりうる事態を〈状態〉と〈変化〉の2つに大きく分けている。池上によれば、言語的には〈状態〉は「あるものがあるところに存在している」という形で表されると指摘する。つまり〈存在するモノ〉、〈存在点〉、〈存在〉の事実という3つの要素で規定できるということである。また〈変化〉についても〈変化するモノ〉、変化の〈起点〉または〈到達点〉、〈変化〉そのものの3つの要素で規定している。池上も〈変化〉の意味構造に〈使役〉を表す意味単位を組み込むことによって〈行為〉の意味構造が得られるという分析を行っており、〈行為〉独立した意味構造としては認めていない。
これに対して中右(1994)では、世界を構成する基本状況を〈状態〉と〈過程〉と〈行為〉の3つに類型化している。そしてこの3つの状況の型を3つの命題型にそれぞれ対応づけている。
- 〈状態〉:BE (THING, PLACE)〈何がどこそこにある〉〈何がどうこうである〉
- 〈過程〉:GO (THING, PLACE)〈何がどうなる〉〈何がどこそこからどこそこへ行く/来る〉
- 〈行為〉:DO (ACTOR, THING)〈何がどうする〉
中右は山梨や池上とは対照的に〈使役〉を〈経験〉とともに「派生命題型」として、この派生命題型のなかに基本命題を組み込むという分析を行っている。
- 〈使役〉:CAUSE (AGENT, BE/GO/DO)
- 〈経験〉:HAVE (EXPERIENCER, BE/GO/DO)
中右と同様に統語論・意味論の自律性を主張するJackendoff(1990)は「概念範疇」(conceptual cetegories)として[EVENT]と[STATE]を設定している。やはり〈行為〉に相当する命題型を認めていないが、CAUSEという関数を組み込むことで〈行為〉の命題を実現している点では山梨や池上の分析に近い。
動詞の表す状況による分類
Jackson(1990)は命題において中心的な役割を果たすのは動詞であるという考えから、動詞を表す状況によって、状態(STATE)、出来事(EVENT)、行為(ACTION)の3つに分類している。そして下位区分を含めて次のような分類を行っている。
SITUATION TYPE
- STATE
- qualify
- PRIVATE STATE
- intelectual
- emotion/attitude
- perception
- bodily sensation
- stance
- NON-STATE
- EVENT
- goings-on
- process
- momentary event
- transitional event
- ACTION
- activity
- accomplishment
- momentary event
- transitional act
JacksonはEVENTとACTIONとの違いを主語の動作主性に求めている。つまりACTIONとは典型的には人によってなされるものと考えるのである。
Giv醇pn(1993)も動詞をこの3つに分類しているが、eventをchange of stateと定義しているため、池上の〈変化〉や中右の〈過程〉に近い概念となっている。
JacksonやGiv醇pnが「〈行為〉の動詞」という分類を行っているのは、彼らの分類が命題の表す状況に加えて、アスペクトを扱う上での分類と考えられているためであろう。
動詞や命題構造の意味を考える目的
以前*3命題構造を取り上げたのは文型論を検討するためであった。しかし意味論における命題構造の研究から得られる知見はそれだけではない。命題構造は抽象的な意味関数によって定式化されることが多い。意味関数は、その命題を構成する動詞のなかでも最も典型的なものを抽象化して措定される。このため命題構造の研究を見ていくことで、何が基本動詞なのか、ということを捉えることができる。
この辺りの分析は、抽象的であるがゆえに教室でそのまま学習者に提示されることはないだろう。しかし、明示的に動詞の語法や文型を教える場合にいかなる手順で提示することが望ましいか、また明示的な指導をしない場合、どの動詞の使い方から習熟させると言語活動がうまくいくのか、ということを考えるための有益な示唆をもたらしてくれるものである。
参考文献
- Givón, T. (1993) English Grammar I. Amsterdam: John Benjamin.
- 池上嘉彦(1975)『意味論』大修館書店.
- 伊藤和夫(1979)『英文法教室』研究社出版.
- Jackendoff, R. (1990) Semantic Structures. Canbridge, MA: MIT Press.
- Jackson, H. (1990) Grammar and Meaning. London: Longman.
- 中右実(1994)『認知意味論の原理』大修館書店.
- 佐々木高政(1973)『英文構成法五訂新版』金子書房.
- 山口俊治(1986)『全解英語構文』語学春秋社.
- 山梨正明(1995)『認知文法論』ひつじ書房.
*1:ただしこうした参考書は一通り学校文法が身に付いているものが使うものと考えられていたために、「文法の学習は品詞から」と考える学校・塾・予備校がいまだに少なくない。
*2:今回の内容はhttp://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051210と関連します。