格文法の英語教育への応用
日英語の異同の提示
Fillmoreが1960年代に提唱した格文法(Case Grammar)の特徴は、文の主語を目的語などよりも優位に扱うことに反対し、文を動詞と格を伴う名詞句からなる命題を骨組みとするものとして分析したことにある。これにより、主語のない文が用いられることの多い日本語や、動詞の屈折によって主語が不要となるロマンス系言語などの記述が容易になった。田中(1971)は、こうした格文法の特長を生かすことによって、英語教育においては、日本語と英語の異同をより明確に学習者に示すことが可能になると述べている。ここで田中は、英語の基底構造と日本語の基底構造をつきあわせて提示することを提案しているが、もちろん格文法理論で用いられる表示や規則をそのまま学習者に示すということではない。これは、大沢(1971)が標準理論(Standard Theory)の援用によって行おうとしていた、自分の思考や外界認識を言語的に実現する手順を学習者に提示することと重なる。つまり、同じことを表現するときに、英語と日本語ではどこに違いがあるのかということを鮮明に示すことが、格文法の援用により可能となると考えることができるのである。
辞書における自動詞・他動詞の区別の扱い
英語における能格構文と呼ばれる、他動詞用法と関連する自動詞用法(He opened the door. / The door opened.)を格文法の枠組みに従って提示していく場合、他動詞と自動詞の区別がそれほど重要なものではなくなってくる。基本語を使い切る(田中・川出1989)ということを考慮すれば、用法がバラバラに提示されるよりも、有機的に関連づけられている方がよい。つまり、辞書の記述の方法を、学習過程に沿ったものに変えていく示唆が、格文法には含まれているということである。田中(1971)の時点では、こうしたことを実現できるほど格文法が整備されていなかった。しかし、その後の認知文法の研究が、当時の格文法理論の不備を補っている(山梨1995)。
参考文献
- 大沢俊成(1971)「なぜ英語教育に変形文法を取り入れたか」『英語教育』19(12) pp.2-5.
- 田中春美(1971)「格文法と英語教育」『現代英語教育』8(2) pp.12-14.
- 田中茂範・川出才紀(1989)『動詞がわかれば英語がわかる』ジャパンタイムズ.
- 山梨正明(1995)『認知文法論』ひつじ書房.
- 作者: 田中茂範,川出才紀
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- 作者: 山梨正明
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