持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

文型論についての補遺

5文型保持派の主張

以前、「文型論の変遷①」で5文型の問題点について取り上げたが、5文型を保持する立場の主張について補足しておきたい。この主張は2点に集約される。1つは英語の構造を説明するのに都合がよいということ、もう1つは記述が単純であるということである。江川(1972)は、文法学習は英語を修得するための手段である以上、5文型が英語の仕組みをすべて説明することができなくても問題にはならないと主張している。また、この2点とは別の、学習者心理の視点から、5文型に則って文を分析しながら理解していく過程が知的興味を引きつけるという指摘もある(沢崎1964)。
文法学習は英語が使えるようになるための手段であることに異論はない*1。しかし、英語の構造を説明するのにより適切な枠組みがあるのであれば、検討してみなければならない。また、記述が単純であるということも、より単純で学びやすい枠組みがあるのであれば、その方が学習者にとって利益になるはずである。
ここで重要なことは5文型を保持することと文型学習が必要であると主張することは別であるということである。坂田(1983)は、助詞の働きによって意味が決まる日本語に対して、英語では語の配列によって意味が決まるため、文型の学習が必要であると主張しているが、同時に目的語と補語の区別を難しく感じる生徒が多いことも指摘している。これは先ほどの沢崎の指摘とは相反するもので、5文型による分類や分析に興味を持つか否かは、生徒によってまちまちであり、5文型よりもシンプルな枠組みがあれば、それに越したことはないということを暗に物語っているようにも受け取れる。

文型論見直し派の主張

文型論を見直すべきだと主張する研究者・教師は、その理由を5文型が機能上の単位と構造上の単位の混同させていて、学習者の混乱を招いているからだという。中島(1965)はS+V、すなわちSubject+Verbという記述は問題であり、Subject+PredicateまたはNoun+Verbのいずれかにすべきであると述べている。こうした議論は研究者レベルで行われるべきものであり、英語教育には関係ないと考える向きもあろう。しかし、この問題は明示的文法指導において文法用語がどの程度必要となるのか、という問題と密接な関係がある。名詞、動詞、形容詞などの品詞レベルの文法用語と、主語、述語動詞、目的語などの文法機能レベルの文法用語の両方が本当に必要なのかどうかを、真剣に考えていく必要があるように思われる。
生成文法の立場から文型論を見直す研究者の場合、5文型の問題点として上記の点に加えて、基本文と変形規則によって生成した派生文を同列に扱っていることを指摘している。これは構造シラバスなどで文法項目を易から難へと配列する際に問題となるものである。

(続く)

参考文献

  • 江川泰一郎(1972)「学習文法の方向」『現代英語教育』8(12) pp.40-41.
  • 中島文雄(1965)「学校文法と科学文法」ELEC(編)『英語と英語教育』研究社出版
  • 坂田博(1983)「多義語の指導」『英語教育』32(1) pp.28-30.
  • 沢崎九二三(1964)「Onionsの5文型について」『英語教育』13(7) pp.8-10.

*1:もちろん、実用面以外の目的がないわけではないが、実用面を無視するなら外国語学習の対象は現代英語である必要はない。