持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

文型論についての補遺(続き)

文型論の扱う基本文型

学習文法において、文型論は基本文型を扱う。このことは自明のように思われるが、基本文型と基本でない文型を分ける規準は曖昧であることが多い。小笠原(1964)は文の義務的な成分の組み合わせのみで成り立つ文というのが、基本文型の一般的な概念であると述べている。この考え方に立つと、初期の生成文法における「核文」(kernel sentence)が文型論の対象となる。

生成文法による文型論*1

生成文法の知見を文型論に活かす試みは、核文の概念が重視された初期理論ではなく、主に標準理論(Standard Theory)の枠組みを援用する形で行われた。これは、標準理論で導入された概念である深層構造(deep structure)が文構造の規則性を最大限に反映されたものであると考えられていたからである(馬場1983)。玉井(1971)も、文の要素間に存在する文法的関係は深層構造に盛り込まれていると考え、文の外形だけを扱う文型では不十分であるという立場に立っている。
1960年代から70年代にかけての研究者、教師が文型論の見直しに際して深層構造という概念にある種の期待を寄せるには理由があった。生成文法以前の、厳密にはHarris以前の、構造言語学に基づく分析では、John called me a taxi.とJohn called me a fool.の異同が説明できなかった(中島1965)。では旧来の学校文法に戻るのかと言えば、そうではなかった。旧来の文法の構造と機能の混同などの曖昧な部分を解消して、より分かりやすい文法にしていく必要があったため、生成文法にその可能性を見いだしたのである。
さらに言えば、時代の最先端の言語理論に依拠していた教授法が隆盛を極めていた1960年代までと違い、60年代後半以降は教師が安心して信奉できる教授法が現れなかった。そこで、当時急速に影響力を増していた(変形)生成文法に拠り所を求めた、という事情も考えられる。実際、小寺(1986)は文型論の再編成に標準理論を援用した理由の一つとして、定着している理論であることを挙げている。

生成文法の援用と文型論の保守性

生成文法を文型論に援用する際に、ほとんどの場合、Chomsky(1965:106-107)の句構造規則を参考にしている。この規則には主語や目的語という文法関係を表す概念は示されていないのにもかかわらず、ここから生成された基本文型を、既存の5文型の枠組みを踏襲したSやOなどの記号でリスト化している。馬場(1983)では、動詞の厳密下位範疇化の枠内に生じる要素のみを文型を構成する要素と見なしているが、義務的副詞要素Aを用いていること以外は従来の5文型の枠組みと変わらない。結局のところ、当時の生成文法の援用をもってしても、基本文型に番号を振って暗記するという学習活動に大きな変化を与えることはできなかったのである。

参考文型

  • 馬場彰(1983)「第1〜第3文型について」『英語教育』32(2) pp.16-17.
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • 小寺茂明(1986)『英語教育と英語学研究』山口書店.
  • 中島文雄(1965)「学校文法と科学文法」ELEC(編)『英語と英語教育』研究社出版
  • 小笠原林樹(1964)「文型論」『英語教育』13(7) pp.6-7.
  • 玉井俊紀(1971)「深層構造について」『英語教育』19(11) pp.8-11.

Aspects of the Theory of Syntax (Massachusetts Institute of Technology. Research Laboratory o)

Aspects of the Theory of Syntax (Massachusetts Institute of Technology. Research Laboratory o)

文法理論の諸相

文法理論の諸相

*1:こちらを参照。