持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

チャンキング文法②

断片化の文法と断片連鎖の文法

深谷・田中(1996)によれば、「チャンキング」には発話単位を生成する「局所的チャンキング」と、発話単位を拡張して情報の追加・修正を行っていく「拡張的チャンキング」があるという。リーディングにおいて局所的チャンキングとは、文を語順に即して分析する「断片化」の過程であり、拡張的チャンキングとは断片ごとに理解した内容を相互に関連づけ、纏め上げて文全体、テクスト全体の理解につなげていく「断片連鎖」の過程である。このためリーディングのための文法は「断片化の文法」と「断片連鎖の文法」の両方の側面を兼ね備えていなければならない。

動的過程を支えるチャンキング文法

断片化も断片連鎖も動的な過程である。しかも言語の線条性に束縛されつつも実時間のなかで処理される過程である。断片化の過程では、文を統語規則に従って分析していく統語解析がその中心をなす。伊藤(1997)や高橋(1986)などの英文解釈法は統語解析を扱ったものである。これらは形式的処理であるため純粋なボトムアップ処理と考えられがちであるが、実ではそうではない。あらかじめ言語主体が脳内に持っている統語規則に基づいて処理をしているという意味では、むしろトップダウン型の統語解析に近く、計算言語学でいうところの遷移網による解析器の考え方に近いといえる(阿部他1994)。文の意味は統語解析によってのみ決まるものではないが、統語解析の結果を基礎にしていることも確かである。したがって、断片化の文法は統語解析の考え方に基づいて構築していくこととなる。
文の意味を決定する統語解析以外の要素は、主に断片連鎖に関わるところである。確かに断片連鎖には純粋に統語規則が関与することもある。高橋(1986:iv)が指摘する「ある形が出てきたらどのような形が後続しうるのか」についての認識を持つことの重要性は否定すべきものではない。しかし、高橋が言うような後続要素の予測は統語規則のみでは不可能な場合がある。例えば、英語で動詞に後続する要素を予測するにはその動詞の下位範疇特性を知っている必要があるが、現実の言語主体が意味的知識を切り離して統語知識として下位範疇特性を学習することは困難である。
阿部(1995)によれば、言語を理解して記憶に保持されるものは、文の形式ではなく、意味的な情報であり、その意味表象は述語と項からなる命題の形をなすという。述語は動詞や形容詞が担うものであるから、断片連鎖には動詞の理解が大きな役割を果たしていると考えることができる。認知文法では、動詞が表す構文が外部世界の認識を反映していると考えられている。このとき外部世界の認識は「イヴェントスキーマ」と呼ばれる事態認知の枠組みによって把握される(山梨1995)。このことは逆に言えば、田中・深谷(1998)が言うような「図式構成機能」が動詞に備わっているということになる。このことをさらに学習文法的に言えば、「動詞の意味が文型を決定する」ということになり、動詞の理解が動詞を取り巻くチャンクを纏め上げる際に重要な役割を果たすということが分かる。このため断片連鎖の文法を構築していくためには文型論を再編していくことが必要なってくるのである。

参考文献

人間の言語情報処理―言語理解の認知科学 (Cognitive Science Information Processing)

人間の言語情報処理―言語理解の認知科学 (Cognitive Science Information Processing)

「意味づけ論」の展開―情況編成・コトバ・会話

「意味づけ論」の展開―情況編成・コトバ・会話

認知文法論 (日本語研究叢書 (第2期第1巻))

認知文法論 (日本語研究叢書 (第2期第1巻))