持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法における句構造規則と文型論②

今回の内容はこちらと関連し、また一部重複します。

3つのひな形に流し込む動詞

前回は生成文法のXバー理論のような統語論のひな形を設定し、大雑把な「3文型」という枠組みを示した。この大雑把なひな形を具体的な文にするには項構造の情報を持った動詞を流し込むことが必要である。

項構造の中身

生成文法では項構造は単にNPやPPといった項を取るか取らないかという情報だけでなく、その項がどんな「主題役」(θ-role)を担うかという情報も盛り込まれている。この主題役とは生成文法以外の一般的な用語で言う「意味役割」(semantic role)に相当するもので、Jackendoff(1972)の「主題関係」(thematic relation)やFillmore(1968)の「格」(case)なども同種の概念であり、述語と項との意味的な関係を示すものである。
一般的な生成文法では、主題役は述語(動詞や形容詞)によって与えられると考えられている。この場合の主題役は原始概念(primitive notion)とされる。この考え方は動詞の意味によって主題役が決まるということではあるが、主題役が原始概念になっているためある動詞と他の動詞との意味的な類似性を捉えることはできない。
これに対してJackendoff(1990)や中右(1994)は述語を抽象的な意味関数に還元している。この方法は抽象的な意味関数ごとに項構造を規定するため、意味の似た述語に見られる文型の共通性をうまく捉えることができる。このうち中右は〈状態〉・〈過程〉・〈行為〉の3つを基本命題型とし、その内部構造は次のように捉えている。

  • 状態の命題型:BE (THING, PLACE)
  • 過程の命題型:GO (THING, PLACE)
  • 行為の命題型:DO (ACTOR, THING)

(中右1994:311)

研究者によって述語の項構造の扱いに差が出るのは、この辺りに統語論と意味論の境界があり、その境界線の引き方が研究者によってばらつきがあるからである。

事態認知と項構造

我々は身の回りの状況(=事態)をことばを使って理解し、表現する。このときに人間はその事態を頭で捉え、認知する。人間が頭の中で事態をどう捉えているのかを示すものを「心的表象」(mental representation)という。この心的表象という視点から言語研究を行う理論を「認知言語学」(cognitive linguistics)という。
山梨(1995)によれば、人間が事態を理解する際には、行為、因果関係、変化、状態等を反映する命題的な知識のスキーマに基づいて理解していく。このようなスキーマは「命題スキーマ」と呼ばれる。前述の中右が挙げた基本命題型とは、この命題スキーマを類型化したものである。
中右は命題スキーマを〈状態〉・〈過程〉・〈行為〉の3つの基本命題型に分類したが、山梨は〈行為〉・〈因果関係〉・〈変化〉・〈状態〉の4つに分類している。中右の〈過程〉と山梨の〈変化〉はほぼ同じものであるから、〈因果関係〉を独立した命題型にしているかどうかが両者の違いである。また、Jackson(1990)やGivon(1993)は動詞の表す状況の型(situation types)としてStates, Events, Actionsの3つに分類している。
ここで注意しなければならないことは、命題スキーマの分類が意味関数で定式化されうるような抽象的なものであるということである。いくら少数のカテゴリーに類型化しても抽象度が高いものであれば学習者への便宜は図れない。したがってここではもう少し抽象度を下げた命題スキーマを考えていくことが学習文法には必要であるように思われる。

参考文献

  • Fillmore, C. (1968) "The Case for Case." In E. Bach and R. Harms, eds., Universals in Linguistic Theory. New York: Holt, Rinehart and Winston. pp.1-90.
  • Givon, T. (1993) English Grammar I. Amsterdam: John Benjamins.
  • Jackendoff, R. (1972) Semantic Interpretation in Generative Grammar. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Jackendoff, R. (1990) Semantic Structures. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Jackson, H. (1990) Grammar and Meaning. London: Longman.
  • 中右実(1994)『認知意味論の原理』大修館書店.
  • 田中茂範(1992)「認知意味論的探求(1):一般化・典型化・差異化」SFC Journal of Language and Communication, Vol.1. 藤沢:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス言語コミュニケーション研究所.
  • 山梨正明(1995)『認知文法論』ひつじ書房