【再掲】学習文法における文型論
今回は和文英訳のための日本語文法を考えるために、このブログで2008年4月に掲載した文型論を再掲することにします。
文型研究の3つの観点
日本語の文型研究は、次の3つの観点があると言われている。
- 表現意図による文型
- 語の用法に関する文型
- 文の構造に関する文型
松井(1963)は、中学校の学習基本文型として1.の観点から文型を設定していくことを提案している。これは文法知識と国語の技能との橋渡しをすることを意図したものであり、機能文法や語用論からのアプローチと言える。これはどちらかと言えば、話す、聞くといった口頭での言語活動を念頭に置いたものであると言えよう。
読む、書くという文章による言語活動に片寄りがちになることは、言語教育ではよく見られることである。このため話し言葉を出来る限り取り込んでいこうというのは、外国語教育であれ母国語教育であれ当然の成り行きである。しかし、第一言語の場合、話し言葉についてはある程度自然に身につくものである。それに対して書き言葉は、母語であっても自然な習得に期待するわけにはいかない。国語教育による組織的な学習が必要となる。文章理解や文章表現の観点から文法を見ていく場合、口頭での理解・表現活動の場合よりも、語順など、文の構造に多くの関心を向けていくことになる。このため、文型も文の構造の観点から整理していくことになる。
主語の扱いと文型
文の構造の観点から文型を考える場合、主語の問題を避けて通ることはできない(森2004)。ここで注意しなければならないのは、日本語の記述文法における主語の扱い方と、学習文法における主語の扱い方は別の問題であるということである。言語事実を純粋に追求する記述文法と、学習者の言語習得や言語運用を考慮した学習文法とでは、文法カテゴリーの扱いに違いが生じることもありうる。従来の学校文法では、「主語+述語」を文の基本構造と考えられている。そして述語として生じる品詞によって「動詞述語文」「形容詞述語文」「名詞述語文」という分類が立てられている。このような3文型論に対して森は「主語」とされる名詞に付く「は」と「が」の異同が明らかではないこと、意味よりも形式を重視した分類であること、実際の使用頻度を考慮していないことの3点を批判している。
日本語の文法に主語を認めるかどうかをめぐってさまざまな議論があるが、すくなくとも「意味上の主語」のようなものは存在すると見てよいだろう。仁田(1997)は述語が要求する名詞句のうち、述語が表す事態の中心をなすものを、主語と考えている。仁田の指摘は妥当であろうが、英語の主語のような語順上の優位性は、日本語の主語にはない。このため、英文法を英語の授業で学習する学習者に対しては、日本語の主語は英語の主語と違って、あくまでも意味上のものであるということに気付かせる必要があろう。純粋な記述文法は個別言語の文法事実を明らかにすればよいが、学習文法は学習者が同時に学習する言語の文法体系との整合性も考慮しなければならない。従来の学校文法は国文法、英文法ともこうした考慮は見られない。英語に形態上の主語、日本語に意味上の主語というのは、この整合性に適う説明としての1つの提案である。
英語の5文型からの考察
学習文法における文型論というと、やはり英語の5文型が思い浮かぶことが多いであろう。日本語と違い、英語の場合は名詞述語や形容詞述語であってもBEが必要であるから、5つの文型の述語はすべて動詞を含む。このため、国文法のように動詞述語文、形容詞述語文、名詞述語文という形式的な分類を立てる必要がないと考えられている。森(2004)は日英語の文型を比較し、英語の5文型では動詞によってどの文型が取れるかが決定されることと、文型を決定することで動詞の意味が確定することの2点を指摘している*1。これは英語の大半の動詞においては、その意味によって文型が決定されるが、一部の基本動詞は意味が弱く漠然としているため、文型によって初めて意味が確定するということである*2。日本語でも英語でも、動詞の意味によって文型が決定されるのは間違いないであろう。問題は、英語の基本動詞のような、漠然とした意味しか持たない動詞が日本語にもあるのかどうかである。
分類の問題点
動詞の意味で文型が決定するということは、動詞によって「名詞+助詞」の助詞が決まるということでもある(寺村1982)。この場合、文型の数が多くなってしまうという問題が出てくる。単純に述語のとる項(argument)の数による分類よりも、助詞による分類の方が文型の数が多くなってしまうのは当然といえる。意味で分類するのだから、形式上の区分に神経質になる必要はないのではないかと思われるかもしれない。しかし、どんなに優れた分類であっても、項目があまりに多すぎるということになれば、学習者の負担は増大する。それを防ぐには、「たくさんあるように見えるけど、大きく分けるとこのどれかになる」みたいな、上位のカテゴリーが必要である。意味による分類の多様化に歯止めを掛けるのは、やはり形式なのではないかと思うのである。
形式による絞り込み
国文法での、動詞述語文・形容詞述語文・名詞述語文の3文型の問題点は、森(2004)が指摘するように主語を不当に重視している点が1つある。これは見方を変えれば、主語だけ特別視して他の項を軽視しているということである。この述語がとる項という観点から、文型の数を形式的にいったん絞り込むことが、学習文法では有効である。学習すべき項目を少なく見せることが、学習者の心理的負担を軽減させることになるからである。
述語のとる項から文型を設定する場合、いくつの文型を設定したらよいだろうか。吉川(1995)や山中(1998)は1項述語・2項述語・3項述語の3つのパターンを設けている。これに対し、安藤(1986)では4項動詞を含めた4つのパターンを設定している。項というのは述語が表す状況を首尾よく表すためにどうしても必要な名詞句(または前置詞句)である。ここで必須要素とそうでないものとの境界をどこに設定するかで文型の数が変わってくる。安藤は確かに4項述語を設定しているが、4つの項がすべて表面に現れることはまれであると指摘している。英文法で定着している5文型で4項述語を認めていない。このため、新たな文法パラダイムへの移行に伴う学習者の負担を考えれば、1項〜3項述語の3文型が妥当であると思われる。
3文型という枠組みは、実は英文法ではすでに試みられている。伊藤(1979)はS+V、S+V+X、S+V+X+Xの3文型を想定した配列となっている。これは、動詞に後続する要素を、補語や目的語と決めつけずに英語の文法現象をありのままに見ていくことができるように配慮した結果生まれたものである。これを日本語の学習文法にも応用すると、次のようになろう。
- 日本語の3文型
- X+述語
- X+X+述語
- X+X+X+述語
- 英語の3文型
- S+述語
- S+述語+X
- S+述語+X+X
この表では英語の方にだけ主語(S)を設定しているが、これは「英語に形式上の主語、日本語に意味上の主語」という考えに基づいたものである。
参考文献
- 安藤貞雄(1986)『英語の論理・日本語の論理:対照言語学的研究』大修館書店.
- 伊藤和夫(1979)『英文法教室』研究社出版.
- 松井利男(1963)「文型・基本文型−学習基本文型への試み−」時枝誠記・遠藤嘉基(監修)『講座現代語1現代語の概説』明治書院.
- 森篤嗣(2004)『学校文法拡張論−インダクティブ・アプローチに基づく文法教育の再構築』大阪外国語大学博士論文.
- 仁田義雄(1997)『日本語文法研究序説:日本語の記述文法を目指して』くろしお出版.
- 寺村秀夫(1982)『日本語のシンタクスと意味I』くろしお出版.
- 山中桂一(1998)『日本語のかたち:対照言語学からのアプローチ』東京大学出版会.
- 吉川千鶴子(1995)『日英比較動詞の文法』くろしお出版.