学習文法における統語論と意味論
生成意味論の直観的優位性と、自律統語論の学習経済性
生成意味論は、意味から統語形式を生成する理論である(Lakoff1971, 1976)。英語学習において、「自分の言いたいことをどんな統語形式で言い表したらよいか」や「目の前にある統語形式がいったいどんな意味を表しているのか」という疑問に答えてくれる理論は心強いものである。しかし強力な変形規則を多く設定している生成意味論は直観的には全体的に首肯できるものの、個々の規則そのものは学習者の便宜を図るに値するものとは言えない。その意味では生成意味論の基本原理を踏襲しつつも計算主義からの脱却を果たした認知言語学(Lakoff1987, 山梨2000)は、学習文法の意味論を支える理論として魅力的である。
一方、英語の統語構造を単純明快に分析する理論としては、生成文法の知見も十分に援用していくべきである。英語の語順を説明する際に、意味的な動機付けがあった方が理解されやすい項目と、統語規則として割り切って提示した方が理解されやすい項目がある。したがって、すべての文法現象を意味的動機付けによって説明可能とする認知言語学では、学習者には荷が重いのである。
安藤(1983, 1996)の謎
安藤(1983)以降、生成文法の学習文法への応用という面で安藤の貢献は計り知れないものがある。だが、その中にはいささか謎めいた提案もある。
- 文の意味解釈には深層構造のみならず、表層構造の情報も関与する解釈意味論(interpretive semantics)の立場が最も妥当であろうと考えている。(安藤1983:305)
- 英語の記述に役立つのは、最近のミニマリスト・プログラムの枠組みではなく、むしろ、Barriers(1986b)に至る、いわゆるGB理論のほうであると考える。(安藤1996:88)
いずれもその理由については述べられていない。1.については、おそらくJackendoff(1972)あたりを念頭に置いていると思われる。そして当時のJackendoffの理論が代名詞化や焦点化などの問題を首尾よく扱っていたことと、解釈意味論の対抗馬と目された生成意味論が上述のような複雑な規則を立てていて学習文法への応用が難しいと判断したというのが、こうした立場に立った理由であろう。2.については今井(1994)が示しているGB理論からミニマリストへの主要な変更点が参考になる。その変更点はS構造・D構造という表示レベルの廃棄やθ基準・格フィルター、そして投射原理なども廃棄されている。こうした概念をことごとく廃したミニマリストよりもGB理論を安藤が推すということは、S構造やD構造という表示レベルが、使いようによっては学習者にとって有効であるということと、文法と語法の接点を何らかの形で求めると同時に、格理論もしくは意味役割理論を応用することが文型論の見直しに何らかの示唆を与えるのではないかという見通しを持っていたのではないかと考えられる。だとすれば、安藤の提案に応えるには、生成文法のみならず認知言語学などの他の理論との折衷によって学習文法を再構築していくことが大切なのではなかろうか。
参考文献
- 安藤貞雄(1983)『英語教師の文法研究』大修館書店.
- 安藤貞雄(1996)『英語学の視点』開拓社.
- 今井邦彦(1994)「英文法研究の最前線」『英語教育』43(7) pp.13-15.
- Jackendoff, R. (1972) Semantic Interpretation of Generative Grammar. Cambridge, MA: The MIT Press.
- Lakoff, G. (1971) "On Generative Semantics." In Steinberb and Jacobovits eds. pp.232-296.
- Lakoff, G. (1976) "Toward Generative Semantics." In McCawley, J. D. ed. Syntax and Semantics 7. New York: Academic Press. pp.43-61.
- Lakoff, G. (1987) Woman, Fire, and Dangerous Things. Chocago: The University of Chicago Press.
- 山梨正明(2000)『認知言語学原理』くろしお出版.
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