持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

温故知新―『奇跡の英文解釈』を読む①

隠れた名著

『奇跡の英文解釈』(長崎玄弥著、祥伝社、以下長崎(1977))は受験参考書でありながら、当時の受験参考書とは一線を画す内容となっている。当時の学校文法の枠組みにこだわっていないし、訳読式でもない。だが、同じ年に出た『英文解釈教室』(伊藤和夫著、研究社出版)のように、その後の予備校講師に強い影響を与えたとは言いがたい。
ここでは、長崎(1977)を読み返し、その内容を批判的に検討し、その現代的意義について考えていこうと思う。また、同時に私なりの「受験参考書の読み方」を示していこうと考えている。

英文読解における「日本語の助け」

長崎(1977)は、英文を読んで理解するのに日本語の助けは不要であると主張する。しかし長崎はその具体的な方法を示していない。実際に説かれている方法は「訳し下し」と称するものである。これは英文を語順に即して理解していく際に補助的に和訳を用いることを意味する。この考え方は伊藤(1997)と同様で、横山(1998)の言う「意味理解前訳」を容認する立場である。
かつての文法訳読における訳文とは、英語の語順から日本語の語順への置き換えを経たものであった。そこには「英語の語順に近い和訳=不自然な和訳」「日本語の語順に直した訳文=自然な和訳」という固定観念がある。確かに英語と日本語では語順に大きな違いがある。しかし、安西(1982)、亀井(1994)、中村(2003)などの翻訳学習書でも文頭から訳す方法について詳述されていることからも分かるように、語順通りに訳したからと行って必ずしも日本語として不自然なものになるわけではない。
門田・野呂(2001)は、学習初期の段階では学習者が第二言語の文章を読む際に頭の中で母語に訳す「内的翻訳」(internal translation)というプロセスが頻繁に起こることを指摘している。もちろんこれは読解能力が上がるにつれて次第に解消されていくものである。このため、田中・佐藤・阿部(2006)のように、日本語を積極的かつ限定的に利用していく方が賢明といえる*1

参考文献

  • 安西徹雄(1982)『翻訳英文法』バベル・プレス
  • 伊藤和夫(1997)『英文解釈教室改訂版』研究社出版
  • 亀井忠一(1994)『頭からの翻訳法』信山社
  • 長崎玄弥(1977)『奇跡の英文解釈』祥伝社
  • 中村保男(2003)『英和翻訳の原理・技法』日外アソシエーツ
  • 門田修平・野呂忠司(2001)『英語リーディングの認知メカニズム』くろしお出版
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導:コアとチャンクの活用法』大修館書店.
  • 横山知幸(1998)「訳読と意味理解−「理解できなくして訳はできない」か?」『現代英語教育』35(6) pp.38-42.

英文解釈教室 改訂版

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頭からの翻訳法

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奇跡の英文解釈 (ノン・ブック)

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英和翻訳の原理・技法

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英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法

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*1:それでも長崎が訳さずに読むことの重要性を唱えたことは重要である。伊藤の著書が直読直解の学習書というよりも構文の参考書として扱われているのは時代的な要因が作用していたと考えられるからである。