持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

フレーズからチャンクへ

「フレーズ」について

「フレーズ」とは、英語でphraseと綴り、日本語では「句」と訳される。しかし、ここであえて「句」という用語を使わなかったのは、「句」という語が定義が曖昧なまま用いられることが多いからである。以下では、荒木・安井(編)(1992)を参考にしながら、「句」の定義について見ていく。
伝統文法における「句」は、外心構造(exocentric construction)を成す語群のみを指す。例えば、He ran several miles.のseveral milesに含まれているseveralもmilesも副詞ではないが、この2語全体で副詞的な働きを担うので「副詞句」になると考える。これに対して、He ran very fast.のvery fastでは2語とも副詞であるが、これは伝統文法では副詞とは呼ばないということになる。また伝統文法では、主部と述部を持つ語群は「節」として区別するのが一般的である。
構造言語学(structural linguistics)*1では、2つ以上の基体(base)からなり、主部と述部を含まない自由な文法単位を「句」と定義している。この定義に従うと、1語では句とは言えないし、節も句から区別されることになる。句は文中での位置によって、名詞句、動詞句、形容詞句、副詞句に分類される。しかし、at his footのような句は、文中での位置によって形容詞句か副詞句に分類されると同時に、文中での位置にかかわらず前置詞句としての扱いも受ける。
生成文法では、統語構造上の単位を「句」と呼んでいる。このため初期の生成文法では、S(文)、NP(名詞句)、VP(動詞句)、PP(前置詞句)、AP(形容詞句)が句に含まれる。このうち、Sのみが外心構造をなし、他の句範疇は内心構造をなす。
従来の学校文法では「句」と「節」は厳密に区別される傾向がある。しかし、ある語のまとまりを、主部と述部を含むかどうかによって分類し、それぞれ別々の文法用語で表すというのは、学習者にとっては覚えるべき用語が増えるだけであり、文法の暗記科目としてのイメージを増幅させるだけである。それよりも、纏め上げた「語のまとまり」が文中でどのような働きをするのかを学習者に理解させる方が重要である*2

フレーズからチャンクへ

田中・佐藤・阿部(2006)の「チャンク」という概念を用いて考えていくと、言語理解の単位もチャンクということになる。「チャンク」という用語には、知覚情報の塊としての「表現チャンク」と意味情報の塊としての「意味チャンク」という2つの意味合いがある。表現チャンクと意味チャンクは相互構成的であるため、リーディングにおいては、文章を断片化して表現チャンクを認識することで、意味チャンクを把握することができるようになる。
問題は「チャンク」という観点から読解文法をどのように再編していくかである。田中・佐藤・阿部(2006)は「ARNAメソッド」(The Awareness-Raising−Networking−Automatization Method)というものを提唱している。

  1. 「なぜそうなのか?」という原理的な問いを行い、「なるほど、そうなのか」という納得を得る。(Awareness-Raising)
  2. 「そういえば、あれも同じ原理だ」という思考を通して、原理の拡張・応用を行う。(Networking)
  3. 学んだ英語を実践的に用いることで知識の自動化を図る。(Automatization)

(田中・佐藤・阿部2006:v)

1.に関しては、「英文をそのように断片化できるのはなぜか?」ということにまず答えなければならない。そのためには、表現チャンクたり得るための統語論的理由と、意味チャンクたり得るための意味論的理由が必要である。
2.に関しては、「形が違えば意味も違う」「形が同じなら共通の意味がある」というコア理論の考え方から文法を捉え直していくことが必要になる。また統語的観点からは、既習の統語形式と新出の統語形式との関連付けをすることによって語順への習熟が促進されることが考えられる。高橋(1986)は「ある形がどのようにして生まれるのか」にまで言及すいるために「変形」の概念を取り入れているが、こういった方法も検討していく必要がある。
3.に関しては、英文の順送り理解を、断片化と断片連鎖によって実現するためには、順送り理解そのものを学習者が実践できるように必要がある。そのためには、紙に全文和訳を書くという学習活動を中心とする、従来の英文解釈の方法からの脱却が求められる。この脱却の方法として、田中・佐藤・阿部(2006:214)では以下のような訓練を挙げている。

  1. CODE-SWITCHING
  2. MENTAL-REACTION
  3. SIGHT TRANSLATION
  4. REPRODUCTION

1.はチャンク単位で音読して、訳してみる訓練で、2.はチャンク単位で音読した後に頭の中で内容を考えることである。これらに慣れてくると、3.のように目に入ったチャンクを即座に和訳していくことができる。以前に内容を理解しない段階での訳出で用いられる不完全な日本語が学習者の日本語に転移するおそれがあることを指摘したが、チャンク単位であれば、そうした弊害が最小限に抑えられる。
チャンクという概念を導入することで、複雑な文法構造の英文を分析することに多くの時間を割く必要は少なくなるが、統語知識を教えることは依然として重要であることは確かである。ただし、その統語知識をどのように提示し、どのように習熟させ、どのように英文理解で使えるようにしていくのかという点に関しては、まだまだ改善の余地が大いにあるといえよう。

参考文献

  • 荒木一雄・安井稔(1992)『現代英文法辞典』三省堂
  • 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導』大修館書店.

*1:ここで言う「構造言語学」とはBloomfieldなどの流れをくむ「アメリ構造主義言語学」のことである。

*2:これは品詞論との関連で考えていく必要がある。http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051203http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051030を参照。また「句」と「節」の用語の問題についてはhttp://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051204も参照されたい。