持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

『良問でわかる高校英語』「別冊」の別冊(その2)

Chapter 1 英文の基本構造(その1)

1.1.の「主語と述語」と1.2.「述語の仕組み」のところは、一般的な英語総合の参考書などと比べて記述内容に大きな違いはない。「述語の仕組み」のところでは、「英語の述語には動詞が必要です」(p.6)とあっさりと言い切っている。持田(2011)でも指摘している通り、例えば日本語の形容詞述語文など、動詞以外の品詞が述語になる場合との比較があったほうがよいのであるが、本書では頁数のバランスなどから深入りを避けている。1.2.の最後で「述語動詞の後に続く語句は、述語動詞で使われている動詞の意味によってパターンが決まっています。この動詞のあとの語句のパターンのことを「文型」といいます」(p.6)と文型の定義をしている。ただし、ここでは簡単な定義のみで、詳細は次章で扱うこととした。
1.3.の「動詞と名詞」は阿部・持田(2005)*1とほぼ同内容のものである。ただし、阿部・持田(2005)には動詞の意味的な定義と例を示した後に次のような説明がある。

動詞が表す出来事や行為や状態はそれだけを単独で見たりすることはできません。「飛ぶ」とか「食べる」などは〈人〉や〈モノ〉が飛んだり食べたりしているからこそ、見ることができるのです。このような状況を表すには別の単語が必要で、ここで用いられるグループが名詞です。(阿部・持田2005: 6)

これはライズィ(1994)に依拠したものであるが、本書では1.1.での導入もあり、冗長に感じられたのでこの解説を省いた。その代わりにというわけではないが、本書では1.4.の「形容詞と副詞」という項目を設け、ここで「基本4品詞」を導入している。
従来の学校文法は8品詞を設定している。しかし、文の構成という角度から見ると、8品詞の中には文の構成への関与の度合が大きいものと小さいものがある。こうした考えから、8品詞にに対して基本4品詞という考え方がある。これは、薬袋(1995)、大場(1981)などに見られる。また、大場(1996)は基本7品詞という新しい枠組を提唱している。

※基本7品詞
 <第1グループ> 名詞(N)、形容詞(A)、動詞(V)、副詞(AD)、文(S)
 <第2グループ> 転換子(CVT)、拡充子(EPD)

本書では、大場の分類における第1グループを実質的な基本品詞群として扱うのが望ましいと考えた。生徒の混乱を避けるため品詞としての文の導入はさらなる検討を要すものであるが、段階的に、他の4品詞よりも非明示的な形で導入するのが効果的ではないかと判断した。
基本4品詞と似たものに生成文法、とくにXバー理論における4つの統語範疇(N, A, V, P)がある。生成文法における一般的なXバー理論では句構造はすべて内心構造をなすものと考えられている。このため語彙範疇はN(名詞)、V(動詞)、A(形容詞)、P(前置詞)の4つに限られるのが普通である。この4つの語彙範疇の最大投射はNP(名詞句)、VP(動詞句)、AP(形容詞句)、PP(前置詞句)であり、「文」や「副詞句」は認められないことになる。
Quirk, et. al(1985)は印欧語の伝統的な品詞概念からclosed classとopen classに分類し、open classに名詞、形容詞、副詞、be/do/have以外の動詞を含めている。もちろん従来からの古い分類がだめで新しい理論に基づく分類がいい、という単純な問題ではない。ここでの眼目は文法用語の不統一による学習者の混乱を避けることと、より学習効率の高い学習文法にするために適切な文法概念と最小限の文法用語を考えていくことにある。
Huddleston and Pullum(2002)は統語理論や辞書のほぼすべてに見られる語彙範疇は名詞(noun)、動詞(verb)、形容詞(adjective)、副詞(adverb)の4つであり、これらは2000年前の古典ラテン語や古典ギリシャ語文法にも見られるもので、人間の言語のほとんどにあてはまるののであると言う。しかしHuddleston and Pullum(2002)では同時に「句範疇」(phrase categories)を設定しているが、そこではClause以外の外心構造を認めていない。
Celce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)では、NP、AP、PrepP、VPなどのやはり内心構造の句のみを認めており、「副詞句」ではなく「前置詞句」という用語を導入している。しかし同時にPrepPをAdvl CL(副詞節)やAdvl P(副詞句)とともに「副詞類」(adverbial)としてまとめられており、生成文法の「句」の概念を踏襲しつつも従来の学習文法の枠組みにも配慮をしている。
Givón(1993)は機能主義の立場から語彙を「内容語」に相当するlexical wordsと「機能語」に相当するnon-lexical wordsに分け、英語のlexical wordsを名詞、動詞、形容詞、副詞の4つの品詞に分類している。Givónの言う機能主義では、文法とは適格文を生み出す厳格な規則の集合ではなく、首尾一貫したコミュニケーションを可能にする方略であると考えられている。「何かを理解し何かを表現する」ことを可能にするための学習文法という観点からは、基本となる品詞は「名詞・動詞・形容詞・前置詞」ではなく、「名詞・動詞・形容詞・副詞」のほうが適切であるということが、ここから判断することができる。渡部(1988)によると、実はこの4品詞の考え方は17世紀後半から18世紀にかけての文典にすでに見ることができるという。それは世界を次のような4つの概念に分類する独特の哲学が背景にあると指摘する。

  • 事物(a thing)
  • 事物の状態(the manner of a thing)
  • 事物の行為(the action of a thing)
  • 行為の状態(the number of an action)

この分類は経験的に腑に落ちるというのが偽らざる感覚ではなかろうか。こうした知見を踏まえ、本書では副詞を含めた基本4品詞の考え方を導入し、Introductionに示した内心構造・外心構造の両方を含めた構造規則を基本4品詞からの展開として提示している。
「品詞理解の注意点」のところは、寺島(1986)や吉川(1994)などを参考にまとめた。このあたりに関しては、薬袋(1995)のように従来の学校国文法の枠組みとはまったく無関係に、英文法の導入のためと割り切った扱い方をすることも可能であろう。このやり方は従来の学校国文法の現代語文法が古典文法を導入するために扱われているのと同様で、目標言語の習得に特化しすぎていて、学習者が日常生活で使用する現代日本語の内省に結びつかないという問題が残る。本書では、持田(2011, 2013, 2015)で提案しているように、日本語と英語の違いに向き合い、英語力の基礎を築くだけでなく日本語の内省にもつながる文法学習を理想とする立場から、こうした注意点を設けた。その後の項目である「基本4品詞の文中での働き」では、一転して薬袋の枠組みを参考にした。薬袋の構文論の最大の長所である「意味・形態・機能」の区別は本書でも大切にしているところである。

参考文献

  • Celce-Murcia, M. and Larsen-Freeman, D. L. (1999) The Grammar Book An ESL/EFL Teacher's Course 2nd ed. Boston: Heinle & Heinle.
  • Givón. T. (1993) English Grammar I. Amsterdam: John Benjamins.
  • Huddleston, R. and Pullum, G. K. (2002) The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP.
  • Quirk, R., Greenbaum, S., Leech, G. and Svartvik, J.(1985) A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman.
  • 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社
  • ライズィ,E.(1994)『意味と構造』鈴木孝夫訳 講談社学術文庫
  • 薬袋善郎(1995)『英語構文のオリエンテーション駿台文庫.
  • 持田哲郎(2011)「国語教育と英語教育の連携に向けて−文法教育を中心に−」町田守弘(編著)『明日の授業をどう創るか−学習者の「いま、ここ」を見つめる国語教育』三省堂
  • 持田哲郎(2013)「日本語から教える英文法」『駿台教育フォーラム』29, pp.59-69.
  • 持田哲郎(2015)「教育英文法:何をどのように教えるべきか」『駿台教育フォーラム』30, pp.51-63.
  • 大場昌也(1981)『これからの英文法』ジャパンタイムズ
  • 大場昌也(1996)「新しい学校英文法のための5つの提案」『英語教育』6月号-10月号
  • 寺島隆吉(1986)『英語にとって学力とは何か』三友社出版
  • 渡部昇一(1988)『秘術としての文法』講談社
  • 吉川勇一(1994)『大学入試納得できる英文法』研究社出版

*1:阿部・持田(2005)では、文法項目の導入部分とExerciseの執筆を持田が担当している。