持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

情報処理単位としての読解文法①

初学者へのボトムアップシラバス

英語と語順を異にする日本語を母語とする学習者が新たに英語のリーディングを学んでいく場合、まずは英語と日本語の語順の違いから学んでいくべきである*1。この場合、従来は英語の構文を学ぶことに終始することが多かったのだが、文を超えた理解ができるようになることを射程に入れた読解学習でなければ意味がなく、以前*2示したように、文構造の習熟から最終的に文章全体の理解ができるようになるような、ボトムアップ式のシラバスを考えていくべきである。
これは、中右(1994)の階層意味論のモデルに従えば、中核命題のような下位層から学習を始め、モダリティを含む上位層へと展開していくことになる。ただし、階層意味論は生成文法をベースとした理論であり、生成文法は文という単位を中心とした文法知識を解明するための理論である*3。田中・佐藤・阿部(2006)のチャンキング・メソッドでは文ではなく、チャンク(=情報処理単位)に焦点を当てている。しかし、書き言葉では編集によって形の整えられた文の集合として文章が成り立っているため、文の集合を分析してチャンクを取り出す「断片化」という作業が必要になる。このため、読解文法では文を意識しつつも、情報処理単位を意識することが重要である。言い換えれば、情報処理単位がどのように結びついて文を構成しているのかを理解することにより、文をどう切り取れば情報処理単位が得られるのかを学ぶことができるのである。

情報処理単位と品詞論

田中・佐藤・阿部(2006)のチャンクは名詞チャンク、動詞チャンク、副詞チャンクに分類される。これらのチャンクに関して学習者向けに解説する試みが田中・佐藤・河原(2003)に見られるが、そこでは名詞チャンクに後続する形容詞要素を取り込んだものを「名詞チャンク」として纏め上げている。いきなりこうした大きい単位を捉えるのは初学者には難しく、形容詞チャンクとして切り離して考える方が得策である。
また、より上級者向けの学習書である長沼・河原(2004)では、チャンクの内部構造の説明原理を生成文法のXバー理論に求めているが、この場合fond of chocolateのようなまとまりを形容詞チャンクとして認めることができる代わりに、副詞チャンクを認めることができなくなり、前置詞チャンクを認めることになってしまう。田中・阿部(1989)が指摘するように、学習者は外国語である英語を学ぶ際に母語である日本語の概念・意味体系に結びつけて処理しようとする。そのときに多くの学習者は英語の前置詞を日本語の助詞に対応づけようとする傾向がある。このため前置詞を中心とした情報処理単位は、頭の中で助詞中心の単位に置き換えがちな日本人学習者には無理がある。
このようなことを踏まえると、大場(1996)が提唱する、名詞、形容詞、動詞、副詞、文という5つの範疇を軸に据えたシステムが現実味を帯びてくる。「文チャンク」という用語を使うのは抵抗があるが、これは従来の英文解釈の学習が複文構造への習熟に重点を置かれていたことを考えれば、文を品詞に準ずる扱いとすることは大切なことである。ただし、学習者に明示的に提示するのは名詞、動詞、形容詞、副詞の4品詞とするのが、従来の文法からの隔たりも少なく妥当と思われる。

参考文献

  • 長沼君主・河原清志(2004)『L&Rデュアル英語トレーニング』コスモピア.
  • 大場昌也(1996)「新しい学校英文法のための5つの提案(1)」『英語教育』45(3) pp.67-71, 85.
  • 中右実(1994)『認知意味論の原理』大修館書店.
  • 田中茂範・阿部一(1989)「外国語学習における言語転移の問題(3)」『英語教育』37(11) pp.78-81.
  • 田中茂範・佐藤芳明・河原清志(2003)『チャンク英文法』コスモピア.
  • 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導―コアとチャンクの活用法』大修館書店.

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チャンク英文法―文ではなくてチャンクで話せ!もっと自由に英語が使える

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*1:もちろん、これは成人を対象とした学習法・指導法の1つに過ぎず、graded readerを使った多読プログラムを真っ向から否定するものではないし、また意識的学習と多読の併用ということも考えていいと思う。

*2:http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051217#p1

*3:現在の生成文法ではSentenceという範疇を認めていないのが一般的だが、ここでは生成文法の用語としてではなく、一般的な用語として「文」という言い方をした。