《My Applied Linguistics》を取り巻く環境②
コミュニケーション論の捉え方
コミュニケーション論の研究領域は多岐にわたるものであるが、一般化した言い方をするならば久米(1993:28)が言う「人間のコミュニケーション行動やプロセスに関するさまざまな現象に関する包括的かつ抽象的な分析や説明」と言うことになると思われる。このため石井(1994)が指摘するように、コミュニケーション論研究者にとっては英語教育は決して重要な研究対象ではないと言える。しかし石井はコミュニケーション研究が英語教育に貢献できることは少なくないとも指摘している。
石井はまた、英語教師の持つコミュニケーション観が一般的に皮相的で狭いことを批判している。批判の論点は次の2つである。
- コミュニケーションを英語教育という広い分野の小さな一領域と捉えている。
- コミュニケーションを話す活動を中心とする実用英語会話と同義的に考えている。
応用言語学がコミュニケーション論を援用する利点
コミュニケーション論を応用言語学に援用する最大の利点は「コミュニケーション」の概念をしっかりと捉え直すことができることにある。例えば石井が批判するような狭い意味で「コミュニケーション」の概念を捉えていた場合、コミュニケーション以外の言語活動は一体何なのかということを考えなければならない。より具体的にはコミュニケーションではない「教養英語」が本当にあり得るのかどうかを考えてみる必要がある。あるいはコミュニケーションと無関係な文法教育・文法学習に意味があるのかどうかという問題も同様に考えていくべきである。
こうした問いに答えを求めていくなかで、コミュニケーション論で考えられているような広義のコミュニケーションの定義に従って英語教育・英語学習を捉え直すことが有益であることに気付く。すると「『聞く』とは何か」「『話す』とは何か」「『読む』とは何か」「『書く』とは何か」という4技能それぞれの見直しが始まる。そこからより具体的な指導法・学習法を検討していくことが始まるのである。
応用言語学がコミュニケーション論を援用していく上での問題点
コミュニケーション論は人間のコミュニケーションの実相を捉えるための知見を英語教師にもたらしてくれる。しかしそのようなコミュニケーションが外国語である英語において可能になるにはどのように指導・学習していけばよいのかというプロセスについては示してくれない。
また援用の程度に関しては個々の教師によって違ってくる可能性もある。言語知識の学習よりも効果的な言語の運用に関心を持つ中・上級学習者を対象とする教師の方が、言語知識の学習に重点を置かなければならない初級学習者を対象とする教師よりも、コミュニケーション論によって受ける恩恵は大きいと言える。こうしたさじ加減が《My Applied Linguistics》には必要なのである。*1
参考文献
- 石井敏(1994)「コミュニケーション論から見た英語教育の問題点」『現代英語教育』31(4) pp.46-49.
- 久米昭元(1993)「コミュニケーション研究の主な領域」『コミュニケーション論入門』桐原書店.
*1:実際、通訳訓練などにも携わっている私の友人は、社会人や学生の「やり直し英語」的な仕事を抱える私と比べて言語運用に関する関心が高いように思えます。