持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

基礎英語力低下という問題

英語力低下の現状

小野(2006)によれば、日本人の基礎英語力の低下が進んでいるという。小野は英語検定協会によるプレースメントテスト結果を示している。それによると、標準的な授業時間数の高校2年生の場合、平均英語力は英検3級レベル、大学生に関しては英文科の学生で準2級レベル以上と判定されている。すなわち英文科以外の大学生の多くは英検3級レベルであることを意味している。小野は、こうした基礎英語力低下の背景には、中学校における授業時間数の削減と、コミュニカティブな授業への転換があると指摘している。

根本的な原因

基礎英語力が低下した原因は文法・語彙の定着を軽視し、コミュニケーション中心の教育の結果であると言われる。このことは、「文法vsコミュニケーション」という図式でしか英語教育を考えられない教師の発想の貧困さに根本的な原因があると考えられる*1。そしてさらに突き詰めると次の2点に問題の根源があるといえる。

  1. 「文法指導」「文法学習」に対する認識不足
  2. 「コミュニケーション」の概念に対する認識不足

「コミュニケーション」について少しでも真剣に考え、研究すれば、文法知識というものがコミュニケーションの構成要素の一部になることは自明であるし、その認識があれば文法指導や文法学習が現状のままではいけないことに気付くはずである*2。岡田(1994:61)は、「実は大部分の文法は中立的であり、4技能の違いに左右されるものではない」と述べている。つまり仮にコミュニケーションに対する認識が不十分で「英会話」と同義的に捉えていたとしても、そのことは文法を排除する理由にはならないのである。

解決策としての学習文法理論

文法の必要性は認識していても、授業時間が削減されている状況では切り捨てざるを得ないという「苦渋の選択」が現場でなされている可能性もある。かつては高校1年でグラマーの準教科書を使い、2年で「英語ⅡC」の教科書を使い、3年で入試問題集を使って3年間ずっと文法の授業を行うという学校も少なくなかった。これは受験への対応ということもあるが、決して効率のよい文法指導とは言えない。文法指導を効率のよいものに改善してできるだけ少ない授業時間数に収めれば、捻出した時間で文法以外のことができるようになる。このためには小寺(1994)も指摘するように、新しい学習英文法の開発が必要である*3

コミュニケーション観の見直し

コミュニケーション論の考え方についてはこちらを、第二言語習得のコンテクストにおける「コミュニケーション能力」についてはこちらをご覧ください。

参考文献

  • 小寺茂明(1994)「あらためて文法指導の重要性を説く」『英語教育』43(7) pp.58-60.
  • 岡田伸夫(1994)「オーラル・コミュニケーションと文法指導」『英語教育』43(7) pp.61-63.
  • 小野博(2006)「基礎英語力低下の現状と改善策〈上〉」『英語教育』54(11) pp.63-67.

*1:この問題は「オーラル・コミュニケーション」が高校に導入された当初から指摘されていたにもかかわらず、現状は改善されていない。

*2:ただし、このようなことをブログで書いても状況が変わらないことは承知している。こうしたことに気付いていない教師はそもそもこんなブログは読まないし、『英語教育』を読んだりもしないからである。

*3:小寺(1994)は新たな学習文法の体系化には10年くらい費やして取り組む価値があると述べているが、現在までの取り組みとしては、認知意味論の援用によって一部の文法事項において学習者を軽減していこうとする試みが見られた程度で、学習文法の枠組み全体がドラスティックに変えていこうとするような動きはごく一部の教師・研究者に限られている。