学習文法のグランドデザイン④
理論言語学の援用
理論言語学と応用言語学では目指すところが異なることについてはすでに述べたとおりである*1。理論言語学の知見を応用言語学に援用する場合とは、次の2つが考えられる。
学習文法の構築にあたっては、上記の1.に配慮しつつ2.の目的で援用していくことになる。しかし2.では1.以上に理論言語学の目標との隔たりが大きくなる。目標が大きく異なるということは理論言語学研究の進展がよりよい学習文法につながる保証はないことを意味する。このため学習文法の構築にあたっては最新の言語理論の動向にばかり目を向けるのではなく、ときには古い理論から学ぶことも忘れてはならない。
安藤(1983)*2は、理論言語学を含めた広義の文法には次の4つの部門が含まれるとしている。
- 辞書(lexicon)
- 音韻論(phonology)
- 統語論(syntax)
- 意味論(semantics)
伝統文法でいう「文法」とは、「辞書」と対立し、「音韻論」を含まない狭義の文法である。しかし理論言語学においては個々の語彙の働きに関心が向けられることが多い。また文法から切り離して個々の語彙の用法を学習者に暗記させる方法が適切とは言えないことは教師が経験上認識するところである。このため学習文法には「辞書」を含めるべきである。また学習文法がリスニングやスピーキングといった音声言語の運用にも役立つようにするには、「音韻論」をある程度盛り込んだものでなければならない。
Celce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)では、学習文法には上記の部門の他に「語用論」を含めている*3。理論言語学では語用論は「文法」と切り離して考えられることが多く、特に生成文法ではこの方針は明確である。しかし学習文法ではある表現を、どのような場面・文脈で用いるべきなのか、という情報を盛り込むことが絶対に必要である。
記号としての学習文法
すでに見たとおり、学習文法には次の5つの部門*4を盛り込む必要がある。
- 辞書
- 音韻論
- 形態統語論
- 意味論
- 語用論
しかし、このなかで中心をなすのは形態統語論と意味論である。エーコ(1996:12)は人間のコミュニケーションについて次のように述べている。
すべての人間に対するコミュニケーション行為、もしくは人間間のコミュニケーション行為は、意味作用の体系をその必要条件として要請するものである。
また、Jespersen(1924:39-40)による次の指摘も重要である。
In grammar, too, we may start either from without or from within; in the first part (O→I) we take a form as given and then inquire into its meaning or function; in the second part(I→O) we invert the process and take the meaning or function and ask how that is expressed in form.
したがって学習文法は形式と意味の対応を中心に据えるべきである。
参考文献
*1:http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051222およびhttp://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051219を参照。
*2:このブログでは、これまで安藤(1983)の「文法書」としての評価を随所で行ってきたが、実はこの本は単なる「文法書」ではなく、我々のような後進の英語教師のために文法研究の方法を指南している書でもある。
*3:http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20060105/p1を参照。
*4:「部門」という言い方自体が生成文法に由来するもので、Celce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)はこれを避けて「側面」(aspects)という言い方をしているが、ここでは呼称の是非には立ち入らないこととする。