学習文法のグランドデザイン⑤
形式と意味
Jespersen(1924)では、話し手の言語過程を概念(notion)を統語(syntax)によって形式(form)として表現する過程、聴き手の言語過程を形式から統語によって概念を得る過程としてモデル化している。これはすでに見てきたコミュニケーション論や記号論におけるモデルともほぼ重なり合い、また意味や概念の扱いに違いがあるものの、時枝(1937)の言語過程モデルもこれとほぼ同じ過程を示している。
このような形式と意味の関係は、統語論と意味論の関係と関連してくる。学習文法は言語学習・言語運用を研究対象とする応用言語学の一部を成すものであるから、研究対象の異なる理論言語学における統語論と意味論の関係をそのまま受け入れることはできない。
生成文法では、文法を言語知識に関する計算メカニズムと捉えており、記憶や視覚などの他の認知システムとは独立したモジュールとして脳内に存在するという立場に立つ。この計算メカニズムは音声表示(phonetic representation)や意味表示(semantic representation)の対を構成するものである。したがって文法のなかでも統語部門・音韻部門・意味部門などが独立したモジュールとなっているのである。
モジュールと学習文法
モジュール(module)とは独自の機能と内部構造を持った構成単位である。生成文法において統語部門が独立したモジュールとなっているということは、統語形式が統語論だけで説明されることを意味する。これが自律的統語論たる所以であるが、こうした統語論モデルは先ほど見た言語運用やコミュニケーションのモデルとは本質的に異なるものである。生成文法では文法以外のモジュールとの連携によって言語運用が実現すると考えるからである。
したがって仮に脳内で生成文法が主張するようなモジュールが存在しているとしても、生成文法は統語形式とその形式が表す意味との対応を必ずしも明らかにするものではないため、生成文法だけで学習文法を構築することは不可能である。このため他の言語理論を参照しつつ、統語論と意味論の関係を学習文法独自に捉えていく必要がある。