《My Applied Linguistics》を取り巻く環境①
言語心理学の捉え方
大津(2002:56)によれば、言語心理学とは「人間のこころや脳の仕組みと働きを明らかにしようとする基礎研究」であるという。言語心理学は理論言語学と比べて英語教育に近い立場であり、そのまま応用しやすいと考えがちであるが、大津の定義からも分かるように、英語教育やその拠り所となる応用言語学とは目的を異にするものである。このため大津も英語教師は言語心理学の研究成果を安易に応用すべきではないと警告している。
岡田(2004)もまた、普遍文法に依拠する第二言語獲得研究(UG-based SLA)の立場から、SLA研究と第二言語教育とのあいだに直接の関係はないと言い切る。しかし同時にSLA研究の過程において第二言語教育に役立つ知見や示唆が得られることも少なくないとも指摘している。ここで大切なことは「役立つ知見や示唆」という言い方をしている点である。教師の理論である応用言語学の視点から大津や岡田の主張を捉えると次のようにまとめることができよう。
UG-based SLAからの示唆
第二言語の文法を内在化させる過程を説明する際に「獲得」という言い方をする場合と「習得」という言い方をする場合がある。前者はUGの働きを重視する研究者が、後者は学習方略(learning strategies)の働きを重視する研究者によって用いられることが多い。
UGは数少ない原理(principle)とそれに付随するパラメータ(parameter)からなると仮定されている。第一言語の場合、パラメータの値は子どもが経験する言語資料の入力によって決定される。第二言語の場合においてもこの過程を経て「獲得」されるという立場からの研究が行われている。これがUG-based SLAである。
岡田(2004)はUG-based SLA研究の成果が英語教育に役立つ知見として日本語と英語という2つの個別言語のあいだに見られるパラメータの違いに起因する文法的な誤りを取り上げている。岡田はこうした知見からどのような文法知識を明示的に提示すべきかという判断が可能になると指摘する。
UG-based SLAを全面的には援用できない理由
第二言語獲得においてUGが働くかどうかという問題に対しては次の3つの仮説がある。
これらが「仮説」である以上、全面的に援用すればそのときどきで優勢な仮説に基づいて英語教育を構築していくことになる。しかしSLAや言語心理学が英語教育やその理論となる応用言語学とは目標を異にする以上、SLAの理論的変遷が応用言語学にとって有益とは必ずしも言えない。これは理論言語学を援用する場合と同様である。
また岡田の指摘のようにSLA研究から明示的な文法指導の必要性を裏付けるデータを得られたとしても、「原理とパラメータのアプローチ」(principle and parameter approach)と呼ばれる生成文法理論におけるGB理論やミニマリスト・プログラムを学習文法(pedagogical grammar)に持ち込むことはできない。
このように何が必要・有益でなにが不必要・無益なのかを判断するには応用言語学独自の目的意識と援用しうる理論に対する一定の理解が不可欠である。今回参照した『英語教育』誌のように、隣接分野の知見を英語教師向けに分かりやすく解説してあるものをうまく利用することも《My Applied Linguistics》には必要なことである。