《My Applied Linguistics》を取り巻く環境③
言語学の捉え方
応用言語学は当然ながら言語を扱う。このため言語学の知見を利用することも当然と言えば当然である。しかし田中・白井(1994)の指摘のとおり、理論言語学と応用言語学とではその目的が大きく異なる。
応用言語学においては言語を学習過程と運用過程という視点で捉えていくことになる。教師はこうした視点に立った言語論を持つ必要がある。ここで問題なのは英語教師が英語の分析を扱う理論か英米で発達した理論しか知らないことが多いことである。これは英語教師の言語学の知識が「英語学」という枠組みによって提供されるからである。
言語の本質を「過程」に求めようとする言語理論は、実は英語圏以外の研究者によるものが多い。例えば田中・白井はバフチンの言語過程論を援用することを提案しているが、バフチンはロシアの研究者である。また言語過程説で知られる時枝誠記も日本の国語学者である。英語教師の多くは日本語と英語しか読めないが、日本語にも英語のどちらかに翻訳されているものであれば、そうした研究者の論考に触れることができるし、国語学者の業績は当然日本語で読むことができる。
言語学を援用する目的
英語教師のなかには言語学を文法の延長線上に捉えている人が案外多い。このため言語学を学んでも教室で小難しいことを生徒に話すようになるだけでメリットがないと思われがちである。しかし言語学を学ぶ第一の目的は「言語とは何か」ということを、たとえ大雑把ではあっても捉えることにある。それは日々の教育活動・学習活動が誤った方向へ向かわないようにするためのガイドラインとして機能する。
もちろん言語の記述研究から学ぶところも多い。言語学習・言語運用を全体から捉えるときに言語学を援用する場合と、文法・語彙・音声の指導・学習のために言語学を援用する場合とは、互いに関連づけられていなければならないのはもちろんだが、同時に両者を区別しておくことも大切である。たとえば生成文法は前者の目的には最新の理論の方が優れているが、後者の目的には古い理論から得るところも少なくない。