持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法の句構造規則⑥

述語動詞を生成する規則

ARCLE(2005)では動詞チャンクには時制・進行相・完了相・態を情報として含み、さらに法助動詞も加わって動詞チャンクが構成されると述べている。Chomsky(1957)では述語動詞の規則を次のように措定している。

  • Verb→Aux+V
  • Aux→C (M) (have+en) (be+ing) (be+en)
  • M→will, can, may, shall, must

(Chomsky1957: 39)

Cとは現在形や過去形で用いる語尾に関する情報を表している。この定式化は「助動詞+原形」という枠組みにすべてを押し込んでしまった結果、have+enなどの実際に生じる語形ではない形態素だけの要素が示されている。学習文法においてこれでは学習者への負担が大きくなる。
一方、ポラード・サグ(1994)のHPSGでは動詞の屈折をVFORMという主辞素性(head feature)によって分析される。つまり、[FIN](定形)や[PSP](過去分詞形)のような情報をVに盛り込んでおくわけである。とかく生成文法を学習文法に活かそうとするとChomsky(1957)やChomsky(1965)のような定式化をできるだけ生の形で取り込もうとする傾向も一部の熱心な教師に見られるが、言語理論の定式化自体が多様であるから、それらをよく吟味し、学習者が馴染めるようなものをときには折衷的に構築していくことが必要である。
したがって実際に学習者に提示する規則のベースは次のようなものになるであろう。

受動態の扱いについて

受動態に関しては動詞句のみならず節全体の語順を定着させなければならない。能動態と関連づけて理解できるようにするためには、Chomsky(1981)に示されているNP移動をベースにして提示法を考えていけばよいと思われる。

  • John was [killed t]
  • [e] was [killed John]*2

これを実際に応用した例は阿部・持田(2005: 70)に示してある。*3

参考文献

  • 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社
  • ARCLE編集委員会(編著)(2005)『幼児から成人まで一貫した英語教育のための枠組み』リーベル出版.
  • Chomsky, N. (1957) Syntactic structures. The Hague: Mouton.
  • Chomsky, N. (1981) Lectures on Government and Binding. Berlin: Mouton de Gruyter.
  • ポラード, C・サグ, I. A.(1994)『制約に基づく統語論と意味論』産業図書.

*1:とりあえず、HPSGで用いられる表記法にしたが、もちろん教室ではすべて日本語の用語で示せばよい。ただしHPSGでは過去分詞[PSP]と受動分詞[PAS]を区別しているが、ここでは伝統的な用語法を教室で使うことを想定しているので過去分詞に統一した。

*2:Chomsky(1981: 54)で示されているD構造を若干簡略化して示している。

*3:阿部・持田(2005)では「態」という概念が学習者にとって難解ではないかということで「能動文」「受動文」という用語を用いている。中学校では「受身」と呼ぶことが多いが、日本語文法の「受身」の概念と混同する恐れがあるので避けることにした。