日本語における主語
英文法との関連
明示的な英文法学習において、母語である日本語の語順との違いを意識することは重要である。寺島(1986)は、学習者の日本語学力が低いと単純なS+V+Oの文を和訳することができないため、英語の語順が「名詞+動詞+名詞」であるのに対して日本語の語順は「名詞+名詞+動詞」となるということに気づかせる必要があると指摘している。阿部・持田(2005)で最初のユニットでこの語順の違いを取り上げたのも、こうした意図が働いている。
英語の基本文型としてまずS+V+Oを導入することの妥当性については、このブログでもすでに論じている*1し、日英語の語順の違いに習熟させられるかがこの導入法の成否を左右するのは確かである。その点でわれわれのやり方*2に間違いはないと考えている。しかし、黒川(2004)が指摘するように、Study hard.という文を「よく勉強する」と訳してしまう学習者がいるのも事実である。黒川はこの誤りの原因を、英和辞典の動詞の訳語が終止形にで記載されていることと、現実の日本語使用の中で終止形と連体形の「ル形」の頻度が高いことを挙げている。だが、ここには黒川の指摘する原因のほかに、日本語における主語が、英語における主語とは文法的な位置づけが異なる点を指摘する必要があるのではなかろうか。
「主語」をめぐる問題
日本語話者にとって、「〜ガ」という句が含まれない文を日常的に使っていることは感覚的に分かる。だが、文法的な分析から見て主語があるかどうかという問題は、もう少し複雑である。益岡(1997)は、日本語に主語が存在しているかどうかで、研究者の間に意見の相違があると指摘している。これは研究者によって主語という概念の規定の仕方に違いがあるからである。ただ、森(2004)が指摘しているように、学校国文法では従来から主語を必要以上に重視する傾向があり、三上(1963)のような主語廃止論に基づく学習文法観に目を向ける必要があることは確かであろう。
参考文献
- 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社.
- 黒川泰男(2004)『英文法の基礎研究』三友社出版.
- 益岡隆志(1997)「文法の基本概念1−構造的・形態的概念」益岡・仁田・郡司・金水『文法』(言語の科学5)岩波書店.
- 三上章(1963)『文法教育の革新』くろしお出版.
- 森篤嗣(2004)『学校文法拡張論−インダクティブ・アプローチに基づく文法教育の再構築』大阪外国語大学博士論文.
- 寺島隆吉(1986)『英語にとって学力とは何か』三友社出版.
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*1:http://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20060201#p1を参照。
*2:阿部・持田(2005)