持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

教室英文法の試み(その1)

はじめに

今回から何回からにわたって「教室英文法の試み」と題したエントリーを展開していきます。私が出講する予備校の授業の予習の段階で整理した知識の一端をご紹介しようと思っております。

英文の基本構造:S+V…ということ

山崎(1971)には文の定義が次のように示されている。

語(Word)が集まって思考、感情のまとまった表現となったものをSentence(文)という。この場合、思考、感情は文の内容であって、これをその文の伝えるInformation(情報)という。(山崎1971: 15)

では、文の仕組みはどのようなものであろうか。山崎は次のように続けている。

Sentenceはふたつの部分からなり立つ。ひとつは情報の主題となるもので、これをSubject(主部)といい、もうひとつはその主題である事物について、その動作、作用、状態、性質などを述べるもので、これをPredicate(述部)という。(ibid.: 15)

さらに文の形態的な特徴について見ていきたい。安井(1996: 2)は、「主部の中心となる語を主語(subject)、述部の中心となる語を述語動詞(predicate verb)という。」といい、隈部(2002)はさらに指導上の留意点として次のように述べている。

日本語は、主語「〜は(が)」の後に、「いつ、どこで」などを表す語句が続き、最後に「〜する」という動詞が来るが、英語の文では主語・述語動詞が続いて並ぶことに改めて注目させる。(隈部2002: 2)

隈部(2002)には日本語との対比への言及がある。ただし、英語の主語に対応する日本語として「〜は(が)」を示し、「は」と「が」の違いについての言及はない。一方、黒川(監修)(1999:19)には次のような対話が取りあげられている。

Mother: Where have you been? I was worried about you.
Son: I was just at a friend's house.
母:今までどこにいたの。心配してたわよ。
息子:友達の家に行ってただけだよ。

ここで黒川らは日本語の文には主語が必須要素ではないと述べている。黒川らがこうしたところを丁寧に取り扱う背景には、次のような考えがある。

英語の主語・述語の問題について、生徒はなぜつまずくのか。その理由のひとつは、母国語からの類推が働くからであると思う。つまり日本語の論理で英語をとらえようとするからである。わが国の学校制度の中で、現代日本語文法は系統的に教えられていない。生徒が持っている文法は、母国語話者としての言語直感とか勘とかいったものである。おのずから主観的で個体経験的な言語直感のみを働かせて、未知の言語に挑戦することになる。誤解が加重されてゆく。(黒川2004: 20)

主語+述語というのは、日本語も英語も同じ語順であるから学習者は大きな誤りを犯さないだろうという楽観的な見方もあるが、実はここにも日英語の違いというものがあるのではないだろうか。そうした違いの一つが英語では主語が義務的要素であるのに対し、日本語ではそうではないということである。また、織田(2007)は英語で文が成立する要素に定形動詞の存在を指摘している。学校文法の用語でいうところの「述語動詞」は定形動詞でなければならないということになる。すると、主語とテンスが英語の文を成立させるために必要なものということになる。この英文の仕組みと比べた場合、「は」と「が」の違いなどを考慮すると、日本語の文と英語の文の基本構造は英語教師が従来考えていた以上に大きく異なるのではないかという考えに至る。もしそうだとするならば、この段階で躓く学習者が相当数いるのではないかということになる。

(続く)

参考文献

  • 隈部直光(2002)『教えるための英文法』リーベル出版
  • 黒川泰男(2004)『英文法の基礎研究−日・英語の比較的考察を中心に−』三友社出版
  • 黒川泰男(監修)(1999)『コンフィデンス総合英語』三友社出版
  • 織田稔(2007)『英語表現構造の基礎』風間書房
  • 山崎貞(1971)『新自修英文典』毛利可信増訂 研究社
  • 安井稔(1996)『改訂版英文法総覧』開拓社