日本語から学ぶ英文法を考える
文の構造
従来の学校文法では、文は主語(もしくは主部)と述語(もしくは述部)から成り立ち、述部の形式が大きく分けて5通りある、という考え方をとってきた。この枠組みでは、文の構造において主語、そして目的語を他の要素(副詞句)とは違う、特別な要素として扱われている。英語だけで見れば、前置詞を介さずに述語と結びつく名詞句と、前置詞を介して述語と結びつく名詞句を区別して扱うという考え方は非常に明快である。ところが日本語の場合、主語は文の必須要素ではない。
- 「明日学校行く?」
- 「うん、行く。」
学習者が日常使用する日本語には、このように主語を持たないものが少なくない。このため、日本語を母語とする学習者に英文法を明示的に指導する際には、日英語での主語の扱い方の違いに気づかせる必要がある。
村木(2000)によれば、日本語研究における文の統語構造の把握の仕方には主に2つあるという。1つは上述のようなNP+VPに分解するものである。もう1つは述語を文の中核と考え、述語に名詞句や副詞句が結びついて文が成立するとみるものである。この立場は格文法(Case Grammar)などに見られるもので、英語の文構造との対比をより明確に示すことが可能である。つまり、日本語話者が英語の文構造を捉えるには、文法機能のみで分析する5文型から脱却し、格関係(もしくは意味役割)に基づく文型論へ移行することが必要ではないか、ということである。
語順の扱い
寺島(1986)によると、英語には「固定した語順」と「よく発達している前置詞の体系」という大きな特徴があるという。屈折という格標示の手段を失った英語は、語順を厳密にすることと、前置詞を幅広く駆使することで述語との関係を示すようになっている。これに対して日本語では格標示は助詞によって行われるため、英語と比べて語順の自由度は高い。しかし、日本語にも無標の語順というのはあるわけで、日英語の無標の語順を対比的に示すことが文法指導において有効であると思われる。
具体的には次のような現象を示すことになろう。英語では述語に従属する要素は主語のみ左側で、他は右側に配列されるのに対して、日本語ではすべての要素が述語の左側に配列される。述語に従属する名詞に関しては、英語では直接結びつく名詞と「前置詞+名詞」があるのに対して、日本語ではすべて「名詞+助詞」となる。前置詞と助詞(後置詞)との対応は、生成文法ではパラメータの値の違いと説明される(岡田2001)。だが、英語には主語と目的語という前置詞を必要としない要素があることや、前置詞と助詞が1対1で対応するわけではないことを考えれば、生成文法だけではこの問題を解決できないのは明らかである。
英語だけであれば、少なくとも語順の多くは統語論で説明することが可能である。しかし日本語との対比で捉えていく場合には、たとえ語順の説明であっても、意味論や語用論の支えが必要になる(中島1987)。難しく聞こえるが、こういう知識を持たなければ、日本人英語教師の存在意義は著しく小さくなることは確かであろう。
参考文献
- 村木新次郎(2000)「格」仁田・村木・柴谷・矢澤『文の骨格』(日本語の文法1)岩波書店.
- 中島文雄(1987)『日本語の構造』岩波書店.
- 岡田伸夫(2001)『英語教育と英文法の接点』美誠社.
- 寺島隆吉(1986)『英語にとって学力とは何か』三友社出版.
- 作者: 仁田義雄,柴谷方良,村木新次郎,矢沢真人,益岡隆志
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/09
- メディア: ハードカバー
- この商品を含むブログ (1件) を見る
- 作者: 中島文雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1987/05/20
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (3件) を見る
- 作者: 岡田伸夫
- 出版社/メーカー: 美誠社
- 発売日: 2014/03/20
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (7件) を見る