「プロトタイプ−コア理論」から見たBE
文法化と意味の漂白化
認知言語学や言語類型論の研究において、「文法化」(grammaticalization)と呼ばれる現象に関心が向けられている。文法化とは、本来は内容語であったものが、徐々に機能語的な表現に転化していく過程である。文法化の過程の中では、「脱カテゴリー化」(decategorization)と呼ばれる品詞の転換が生じることもある。この結果、同じ語形の語が文法的にはまったく別の働きをするようになる。従来の文法指導や語彙指導では、こうした現象を別々に扱われ、ともすれば丸暗記の対象となりがちであった。しかし、一見別々に見える現象でも、文法化の概念を指導に活かすことができれば、知識の体系化を図ることができる(阿部2004)。
文法化の過程で「意味の漂白化」*1(semantic bleaching)と呼ばれる現象が起こることがある。山梨(1995)によれば、このような言語変化には次のような傾向が見られるという。
- 具体的な意味内容を持つ表現から、アスペクト的(ないしは時制的)な意味をになう表現に転化していく傾向。
- 具体的な意味内容を持つ表現から、言語主体の主観的な態度や判断を反映するモダリティ的な表現に転化していく傾向。
- 場所・空間にかかわる指示的な意味をになう表現から、抽象的・関係的な意味をになう表現に転化していく傾向。
- 文レベルにおける接続関係・指示関係を規定する表現から、テクスト・談話レベルの接続関係・結束性を規定する表現に転化していく傾向。
- 文の命題内容的な機能をになう表現から、遂行的な機能をになう表現に転化していく傾向。
(山梨1995:65)
このうち、1.の事例として、山梨は日本語の動詞の「ある/いる」の用法に存在の意味からアスペクト的な意味への拡張が見られることを指摘している。英語のBEのコアを「存在」として措定するならば、進行形などでBEが生じる現象も十分に説明できる。
文法化とBE
一般に、BEの文法化というと、進行形や受動態で用いられるBEを考えることが多い。一方、BEのコアは「存在」であるから、この間にある、もっとも頻度の高い用法である、いわゆるSVCの文型で用いられるBEの説明は、現状では少なくとも日本人学習者にとって自然な説明は十分であるとは言えない。SVCの文型で用いられる動詞は「連結詞」(copula)と呼ばれるが、荒木・安井(編)(1992)では連結詞を次のように定義している。
- 単独では述部になり得ない要素[すなわち、時制を持てない叙述語]と結合して述部を構成し、主語とその要素をつなぐ役割を果たす。
- 主として形容詞句や名詞句を補語(complement)にとる。
- 主語と叙述語との関係のありようを意味する。
(荒木・安井(編)1992:351)
BEの場合は、1.や2.の機能的・統語的特徴が際だっている反面、3.の意味的な側面は表には現れていない印象を受ける。ここで着目すべきは、1.の統語的な特徴である。つまり、「単独では述部になり得ない要素[すなわち、時制を持てない叙述語]と結合して述部を構成」するということは、意味的・論理的な述語はあくまでも形容詞句や名詞句であり、これらの句に時制などの陳述の機能を加えるために連結詞が付加されているということである。この立場に立てば、連結詞としてのBEをコアから文法化によって助動詞的な表現に転化したものと考えることができる。
黒川(2004)はSVC文型の中ではBEは何ら語彙的意味を持っておらず、陳述を完成させるための機能語と見るべきであると主張している。そのため、am happy, is happy, are happyなどの「be+形容詞」の形は切り離すことができない、機能上は1語と見なすべきものであると指摘している。黒田(1980)は、「小さかった」「小さければ」などの活用形の存在を考慮すれば、日本語の形容詞には基底的に連結詞相当の要素が内蔵されていると考えることが可能であると指摘している。
これらの点を踏まえれば、日本語の形容詞文が英語の「BE+形容詞」に対応ことをまず学習者を示し、日本語では形容詞自体を活用させるのに対して、英語では形容詞が時制などを表せないためにBEの方を活用させて表すという、BEの文法的機能をプロトタイプとして押さえることが重要であろう。その上で、なぜ他の動詞ではなくBEなのかという疑問に対して、BEのコアが「存在」である、日本語でも類似の構文で「ある」や「いる」という語が現れるていることに気づかせる、という方法が妥当であるように思われる。少なくとも、「補語」や「不完全自動詞」という文法用語を詰め込むより「ましな方法」が見いだせることは確かである。
参考文献
- 阿部一(2004)「英語教育における「認知的」な立場とその知見の応用可能性」『獨協大学英語研究』60 pp.333-355.
- 荒木一雄・安井稔(編)(1992)『現代英文法辞典』三省堂.
- 黒田成幸(1980)「文構造の比較」國廣哲彌(編)『文法』(日英語比較講座2)大修館書店.
- 黒川泰男(2004)『英文法の基礎研究』三友社出版.
- 山梨正明(1995)『認知文法論』ひつじ書房.
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*1:阿部(2004)では「意味の希釈化」と呼んでいる。