日本語の文構造における主語の位置づけ
「終止・連体形」の働き
現代日本語の終止形について、中島(1987)は本来の連体形に吸収されたものであると主張し、「終止・連体形」と呼んでいる。つまり、日本語の文は本来連体形で終わっていて、文自体が名詞的な性格を持つというのが、中島の主張である。文が名詞的な性格を持っているということは、深層に「あり」のような述語を含む存在文と捉えることができるということである。この考え方は、日本語の文の述語に含まれる動詞は、純粋な定形ではないと考えるわけだから、英語の不定詞や分詞などが主語を明示しないことがあるのと同様の現象と見なすことができる(池上2000)。
中島の分析は、時枝(1950)の零記号の陳述と通ずるところがあり、クリステヴァ(1979)がバンニヴェストの研究を引き合いに出しながら論じている述語作用にも一部通じるところがある。ただし、クリステヴァは、バンニヴェストの議論は印欧語の枠内でのものであることを示唆しており、述語作用を2つの名辞を1つの全体として接合することにより、有機体を形成すると述べている*1。それでも、クリステヴァの議論は、かつて英語などの印欧語の文法が「主語+述語」を分析の基本としていたのに対し、日本語の文法が陳述論を中心に据えていた状況の、橋渡しの役割を果たし、日英語を統一的に捉える契機をもたらすものであるように思える*2。*3
両肢文と単肢文
中島は、英語の文が常に主語を立ててその主語に対する叙述を行う「両肢文」であるのに対し、日本語の文は常に言語外の脈絡を前提として発せられる、述語のみの「単肢文」であると主張している。ここから、従来とは異なる日英語の文構造の差異を捉えることができる。
- 日本語の文:述語
- 英語の文:主語+述語
つまり、独立語文*4を除けば、日本語の文の必須要素は述語のみであるということである。中島は日本語では述語文を基本として、必要な要素を追加していくと述べているが、英語教師が日本語との対比で英語の文構造を扱う際には、日本語では脈絡からみて明示する必要のない要素を省く、という逆転の発想で説明することも必要であろう。
目的語の優位性
英語には、文構造に「主語+述語」という枠組みがあり、述語の構造にも「動詞+目的語」という枠組みがある。すなわち、「主語+述語動詞+目的語」というのが英語の文の基本スキーマなのである*5。このため、S+O+VとS+V+Oという対比で日英語の文構造の違いに触れるのは有効だとしても、5文型という形で英語の基本文型を学ぶことは、学習者にとって、我々が考えている以上に困難であるのかもしれない。
さらに、日本語では述語と共起する要素は明示する必要がない限り現れないということを踏まえると、代名詞の扱い方にも見直しが必要になる*6。学習者が日常的に使用する普通の日本語の仕組みに気づかせ、それが英語ではどうなるのか、逆に英語のある統語構造が日本語ではどのように実現されるのか、という問題に対する答えを持つことが、明示的な文法指導では必要である。
参考文型
- 池上嘉彦(2000)『「日本語論」への招待』講談社.
- クリステヴァ,J.(1979)「述語機能と語る主体」久米博訳 『現代思想』7(4) pp.114-127.
- 中島文雄(1987)『日本語の構造−英語との対比−』岩波書店.
- 時枝誠記(1950)『日本文法口語篇』岩波書店.
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