持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

教室英文法の試み(その4)

英語の文における「時制」の重要性

教室英文法の試み(その1)」で、「主語とテンスが英語の文を成立させるために必要なものということになる。」と述べたが、このテンスの必要性というのは、英語(を含むヨーロッパの言語)に限られたことなのか、それとも日本語にも当てはまることなのかが、日本語を母語とする英語学習者には問題となる。しかし、この点について言及している学習書は少ないように思われる。

英語のテンス(基本時制)

受験生向けの参考書を見ると、35年も前に次のような記述がある。

英語の動詞の時制は常に事柄との対応によって定まる。「現在形は現在の習慣的・反復的動作を表わす」「過去形は…」「現在完了形は…」等の説明は、主節・従属節を問わず、すべての述語動詞に対し同じように適用されるのであって、述語動詞の位置によって適用の仕方に差が生ずることはない。(伊藤1979: 101)

このなかで「英語の動詞の時制は常に事柄との対応によって定まる」ことと、「主節・従属節を問わず、すべての述語動詞に対し同じように適用される」の2点が重要である。そして伊藤は次のように続けている。

「現在形は現在中心のこと、過去形は過去のことを示す」というような当然のことを特に従属節に関して強調しなければならないのは、実は日本語と英語のずれから生じるものである。「彼は健康であると思う」「彼はその時健康であると思った」という2つの表現の太字部分は、日本語では同じであるが、事柄で考えると前者は現在のこと、後者は過去のことであるから、事柄と形態の対応から時制がきまる英語では前者をI think he is healthy.後者はI thought he was healthy.となって表現が変わる。(伊藤1979: 102)

伊藤はここで日本語と英語での時制の性質の違いに言及しているのである。いったん話を(その1)で触れた織田(2007)の、英語の文の成立に定形動詞が必要という主張に戻そう。この定(形)動詞の重要性に関しては秦(2009)の指摘が興味深い。

「定動詞」とは動詞が文中に現れるときに時制、人称、数、法を表示する形態をいう(He walks, is walking, walked, has walked)。日本語にない「定動詞(finite verb)」というものは我々日本人には実に分かりにくい。例えば「昨日おもしろい映画を見た」は「映画を見たのです」を縮約した形であるから、「見た」は終止形でなく連体形であり、英語の定動詞(I) sawとは根本的に性格が違う。(秦2009: 8)

ここで秦は、日本語には定(形)動詞が存在しないと述べている。秦はさらにこう続けている。

英語の時制は「何時何分」という時間の点が情報としてあることを前提にして運用されるが、日本語ではこの時間の点の情報が欠けていても困ることはない。例えば「トンネルを通過している」という文は「(今)トンネルを通過している」とも「(既に)トンネルを通過している」ともいうが、未然の文脈でのみ「(これから)トンネルを通過する」という。日本語では既に現実になっているか否かという二点にのみ関心が集中して、他の時間の関係は無視するのである。(秦2009: 8)

こうして考えると、日本語と英語では時制の性質がかなり違うことが明らかになってくる。村田(2008)の次のような指摘もうなずけるものである。

印欧諸語のテンスをテンスとするなら、日本語のテンスは「テンスのようなもの」でしかないと言えよう。(村田2008: 44)

この「テンスのようなもの」について、新村(2009)は次のように述べている。

日本語には英語のようなテンスの認識は希薄であり、時制の一致の法則もありません。主語の時制に関わらず、話し手が体験するその瞬間その瞬間の事態の〈見え〉の違いによってル、タ、テイルを使い分けます。基本的に、動詞のル形は、動作、行為、変化がまだおこっていないと捉える(「未実現」あるいは「非完了」)認識を表し、タ形は動作、行為、変化がおこってその状態にある(「完了」)という〈見え〉に基づく認識を表す形式です。(新村2009: 110)

この日英語の時制の性質の違いは一般向けの学習書でも言及されている。

いつも「時」のことばかり気にする英語の特徴に対して、日本語は、「時」自体に対して特に気にせず、いつも「相」(aspect)のことばかり気にするからである。それは簡単にいいかえれば、英語にとっては行動と状態の時(the timing of the action or condition)がもっとも大事であるが、日本語にとっては行動と状態の完了の程度(the degree of completion of the action or condition)がもっとも大事なのである。
Before I went to Beijing, I studied Chinese. 北京へいく前に、中国語を勉強しておいた。
Before I go to Beijing, I am going to study Chinese. 北京へいく前に、中国語を勉強する予定だ。
After the storm had passed, all was quiet. 嵐が過ぎ去った後は、すべて静かであった。
After the storm passes, all will be quiet. 嵐が過ぎ去った後は、すべて静かになるであろう。(ピーターセン1988: 100)

この種の説明は、ピーターセン(1988)のみならず、関山・山田(2001)、猪野・佐野(2011)、久野・高見(2013)などにも見られる。

(続く)

参考文献

  • 猪野真理枝・佐野洋(2011)『英作文なんかこわくない』東京外国語大学出版会
  • 伊藤和夫(1979)『英文法教室』研究社出版
  • 秦宏一(2009)『英語動詞の統語法』研究社
  • 久野翮・高見健一(2013)『謎解きの英文法・時の表現』くろしお出版
  • 村田美穂子(2008)『体系日本語文法』すずさわ書店
  • 新村朋美(2009)「「あった!」(イマ・ココで見た)」池上嘉彦・守屋三千代(編著)『自然な日本語を教えるために−認知言語学をふまえて』ひつじ書房
  • 織田稔(2007)『英語表現構造の基礎』風間書房
  • ピーターセン, M. (1988)『日本人の英語』岩波書店
  • 関山健治・山田敏弘(2011)『日本語から考える!英語の表現』白水社