伊藤和夫 再考②
伊藤の読解文法
山口(1997)によると、伊藤は英語の文構造の分析と解明をしていく上で、Sweet, Jespersen, Poutsma, Curmeなどの専門書に当たっていたという。このことを裏付ける記述がある。
文中の1部を強調のためにIt is ... thatではさんで文頭に出すことがある。この種の構文ではitは関係詞(that)の先行詞と見なされる。(伊藤1972:82)
JespersenのMEG*1に見られる強調構文の分析の変遷が、大塚・中島(1982)にまとめられている。Jespersenは当初、It is the wife that decides.という文で、実質的な意味がThe wife is the deciding person.であることを理由に関係詞節のthat decidesをthe wifeよりもItにかかるものであると分析した(MEG, Vol.3)。しかし後になってJespersenは、関係詞節中の動詞の数の一致が説明できないことと、it isの後に副詞句が生じる場合があることを踏まえて、it is ... thatを特殊な外置構文、つまり形式主語構文の特殊なものという分析に改めている(MEG, Vol.7)。強調構文にはこのように形式と意味のねじれが生じているために、thatの品詞について深入りしない参考書が現在の主流である。
Jespersenが強調構文を当初の分析のような見解をとった背景には、彼独特の文法観がある。
Apart from fixed formulas a sentence does not spring into a speaker's mind all at once, but is framed gradually as he goes on speaking.(Jespersen1924:26)
強調構文に見られる関係詞節中の動詞における数の一致のような現象も、このような考えに立てば、近くにある名詞句と呼応してしまうというのは納得がいく。伊藤は英文の構造の統一的な説明に力を注いでいたのと同時に、英文を読むときのアタマの働きのようなものの解明にも関心を持っていた。だからこそ、流れを考慮した言語観に立ち、言語現象を分析するJespersonの一連の研究に関心が向かったことは極めて自然なものであると思われる。
伊藤英語の現実
伊藤の読解文法が英文の統語構造の分析・説明と、英文を読むときの思考の流れの解明の2点を柱とはしていたものの、現実には伊藤(1977)では統語構造の説明の方に重きが置かれ、思考の流れについての記述が前面に出ていないところが少なくなかった(入不二1995)。しかもその統語構造の説明も体系性を重視したために出現頻度の低い統語現象が過大に扱われる結果となった。この傾向は高橋(1986)でさらに強くなっており、「構文」が直読直解のためではなく、訳読の道具として一般に普及していくこととなった。
伊藤英語の批判的継承
伊藤英語が本来目指していた、英文を読むときの思考の流れとは、受験英語の枠を超えてリーディング指導・学習において関心事の1つのなるものである。思考の流れを意識した場合、文を初めから意識する理解ではなく、田中・佐藤・阿部(2006)などで提唱しているような「チャンク」を単位とした理解を目指す必要がある。田中らの枠組みに近いところで編まれた学習書に長沼・河原(2004)があるが、実際に学習者が英文を分析してチャンク化する学習には触れられていない。
文法知識に即して英文にスラッシュを入れてチャンク化することを扱ったものには阿部(2001)などがあるが、なぜそこにスラッシュが入れられるのかという説明が十分ではないし、「一気に読む」と言っても一気に読むにはどうしたらよいのかということが明らかでない*2。
伊藤(1979)などで示された、S+V+X+Xという枠組みと、この枠組みの中で生じうる名詞・動詞・形容詞・副詞という4品詞の機能を有す構成素のもとに、英語の統語現象を分析・集約していくことが、必要である。こうすることで、名詞チャンク、動詞チャンク、形容詞チャンク、副詞チャンク、という単位化を経て直読直解を実現させる見通しを立てていくことができる。そのためには、言語研究のさまざまな知見に学ぶことも大切である。伝統文法はもちろんのこと、生成文法、機能主義言語学、認知言語学などから我々は多くのことを学ぶことができるはずである。
こうした考え方は伊藤の考えそのものではない。しかし伊藤は常に自らの方法論の見直しを繰り返してきた。このため「構文主義」のような、過去の伊藤の模倣ではなく、伊藤の業績を批判的に検討して、これからの英語教育・英語学習に役立てていくことが必要なのではなかろうか。
参考文献
- 阿部友直(2001)『速読英文法完全トレーニング』テイエス企画.
- 入不二基義(1995)「『英文解釈教室』というミクロコスモス」−伊藤和夫著『英文解釈教室』を解釈する」『高校英語研究』79(13) pp.1-10.
- 伊藤和夫(1972)『英文法頻出問題演習』駿台文庫.
- 伊藤和夫(1977)『英文解釈教室』研究社出版.
- 伊藤和夫(1979)『英文法教室』研究社出版.
- Jespersen, O. (1924) Philosophy of Grammar. Chicago: University of Chicago Press.
- 長沼君主・河原清志(2004)『L&Rデュアル英語トレーニング』コスモピア.
- 大塚高信・中島文雄(1982)『新英語学辞典』研究社.
- 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版.
- 田中茂範・佐藤芳明・阿部一(2006)『英語感覚が身につく実践的指導』大修館書店.
- 山口俊治(1997)「私の見た伊藤和夫氏の業績」『現代英語教育』34(2) pp.10-11.
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