持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法のグランドデザイン②

議論が前後しています。もともと覚え書きのつもりで書き始めたものですので、そうした事情をご高察いただければと思います。

文法の位置づけ

Thornbury(1999)では文法指導と言語教授法の関係が簡潔にまとめられている。文法指導を非常に重視する文法訳読法(Grammar Translation Method)から文法指導も文法シラバスも排除したナチュラル・アプローチ(Natural Approach)まで、文法指導の扱い方はさまざまである*1。これらは目標言語を身につけることを、第一言語獲得に近い過程と捉えるか、またはそれとは異なる知的な活動と捉えるかの違いによるものである。
小柳(2004)は近年の第二言語習得(Second Language Adquisition; SLA)研究の動向に触れ、SLA研究が明示的な文法学習を否定する方向に向かっていることを指摘している。ただし小柳はこの動向が、教師が文法を勉強する必要がなくなることを必ずしも意味しないとも付け加えている。もっともSLAの先行研究のなかで行われた「明示的指導」がいかなる内容のものなのかが明らかでない以上、そうした研究結果自体が鵜呑みにできないものである*2。いずれにしても「学習者向け文法」のあり方においてはさまざまな議論があるものの、「教師向け文法」が必要であることは間違いないと言える。

言語習得のメカニズムと文法体系

言語習得は言語形式と意味/機能とのマッピングであると捉えられる。この考え方は決して目新しいものではない。ソシュールの理論を概観するなかで丸山(1981: 83)は、ラングについて「母国語であれば幼年期に、第二言語であればもっとのちに個人の頭脳に作られる心的な構造であって、人々はこれによって自己の生体験を分析し、発話の際に必要な選択と結合を行うことが可能になる」と述べ、「音声の組み合わせ方、語の作り方、語同士の結びつき、語の持つ意味領域等々には一定の規則があり、この規則の総体がラングであって、これはいわば超個人的な制度であり条件である」と続けている。
ソシュールの理論からH. PalmerのOral Methodが思い出されるかもしれない。このメソッドの特徴は対象言語の意味にも学習者の意識を向けさせるところにある。これは近年のSLAで提唱されているFocus on Formよりも、言語知識への意識化の度合いが大きい。また文法訳読法のように文法指導を完全に明示的に行う場合以外でも、教師が文法知識を持つことの重要性を示唆している点も重要である。
パーマーの再評価は、必ずしも母語の介在を否定するものではない。田中・阿部(1989)が指摘するように、言語形式と意味/機能とのマッピングは目標言語のなかで直接行われるのではなく、その過程で母語での対応関係を探ること(interlingual mapping)が行われるからである。したがって我々が持つべき学習英文法の体系は母語である日本語の文法との対応を考慮したものでなければならないということが容易に想像できる。
日英語の比較によって学習英文法のあり方を考察しているものとして黒川(2004)などがあるが、我々はこうした比較研究の成果だけでなく、日本語研究の成果にも目を向けていく必要がある。このように考えていくと、教師が教授資料として使う参照用文法に改善の余地がまだまだ残されていることが明らかになってくる。

参考文献

  • 堀口俊一(1991)『現代英語教育の理論と実践』聖文新社.
  • 小柳かおる(2004)「教室第二言語習得研究と英語教育」『英語教育』53(6) pp.8-11.
  • 黒川泰男(2004)『英文法の基礎研究』三友社出版.
  • 丸山圭三郎(1981)『ソシュールの思想』岩波書店
  • 田中茂範・阿部一(1989)「外国語教育における言語転移の問題(3)」『英語教育』37(11) pp.78-81.
  • Thornbury, S. (1999) How to Teach Grammar. London: Longman

*1:「メソッド」と「アプローチ」の区別はもちろん重要だが、ここでは両者をまとめて大雑把に「教え方」と考えておいて差し支えないい。

*2:ご存じの方はご一報頂ければ幸いです。