持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法の句構造規則①

これまでに生成文法の変遷を踏まえながら学習文法や文理解への援用の可能性を検討してきたが、ここではこれらの知見を援用してどのような学習文法の体系が考えられるか、基本構造(変形生成文法でいう基底構造)に絞って考えていく。なお今回の議論は以前にhttp://d.hatena.ne.jp/ownricefield/20051030で触れたことと関連している。

語彙範疇

語彙範疇は学習文法の品詞論に直結する。生成文法における一般的なXバー理論では句構造はすべて内心構造をなすものと考えられている。このため語彙範疇はN(名詞)、V(動詞)、A(形容詞)、P(前置詞)の4つに限られるのが普通である。この4つの語彙範疇の最大投射はNP(名詞句)、VP(動詞句)、AP(形容詞句)、PP(副詞句)であり、「文」や「副詞句」は認められないことになる。
Quirk, et. al(1985)は印欧語の伝統的な品詞概念からclosed classとopen classに分類し、open classに名詞、形容詞、副詞、be/do/have以外の動詞を含めている。もちろん従来からの古い分類がだめで新しい理論に基づく分類がいい、という単純な問題ではない。ここでの眼目は文法用語の不統一による学習者の混乱を避けることと、より学習効率の高い学習文法にするために適切な文法概念と最小限の文法用語を考えていくことにある。
Huddleston and Pullum(2002)は統語理論や辞書のほぼすべてに見られる語彙範疇は名詞(noun)、動詞(verb)、形容詞(adjective)、副詞(adverb)の4つであり、これらは2000年前の古典ラテン語や古典ギリシャ語文法にも見られるもので、人間の言語のほとんどにあてはまるののであると言う。しかしHuddleston and Pullum(2002)では同時に「句範疇」(phrase categories)を設定しているが、そこではClause以外の外心構造を認めていない。
これに対してCelce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)では、NP、AP、PrepP、VPなどのやはり内心構造の句のみを認めており、「副詞句」ではなく「前置詞句」という用語を導入している。しかし同時にPrepPをAdvl CL(副詞節)やAdvl P(副詞句)とともに「副詞類」(adverbial)としてまとめられており、生成文法の「句」の概念を踏襲しつつも従来の学習文法の枠組みにも配慮をしている。

折衷論的視点

Givón(1993)は機能主義の立場から語彙を「内容語」に相当するlexical wordsと「機能語」に相当するnon-lexical wordsに分け、英語のlexical wordsを名詞、動詞、形容詞、副詞の4つの品詞に分類している。Givonの言う機能主義では、文法とは適格文を生み出す厳格な規則の集合ではなく、首尾一貫したコミュニケーションを可能にする方略であると考えられている。「何かを理解し何かを表現する」ことを可能にするための学習文法という観点からは、基本となる品詞は「名詞・動詞・形容詞・前置詞」ではなく、「名詞・動詞・形容詞・副詞」のほうが適切であるということが、ここから判断することができる。
渡部(1988)によると、実はこの4品詞の考え方は17世紀後半から18世紀にかけての文典にすでに見ることができるという。それは世界を次のような4つの概念に分類する独特の哲学が背景にあると指摘する。

  • 事物(a thing)
  • 事物の状態(the manner of a thing)
  • 事物の行為(the action of a thing)
  • 行為の状態(the number of an action)

この分類は経験的に腑に落ちるというのが偽らざる感覚ではなかろうか。ライズィ(1994)は「ある性質を指すなどということはまったくできないのであって、我々はただ物体ないし生物を指すことができるのみである」(47)、「我々の感覚は我々に休止状態、または運動中、あるいは変化中の物体ないし生物を示すものであり、『過程』それ自身は決して捉えられないのである」(50)という指摘をしているが、これはある事象を言語で表すときに形容詞には名詞が必要で動詞には名詞が必要ということを示唆している。ライズィは副詞に関しては言及していないが、「文の仕組み」ということを考えるときにその規則には意味論的な根拠があるという立場に立てば、副詞を含めた基本4品詞の考え方は妥当であると思われる。

参考文献

  • Celce-Murcia, M. and Larsen-Freeman, D. L. (1999) The Grammar Book An ESL/EFL Teacher's Course 2nd ed. Boston: Heinle & Heinle.
  • Givón. T. (1993) English Grammar I. Amsterdam: John Benjamins.
  • Huddleston, R. and Pullum, G. K. (2002) The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP.
  • ライズィ, E.(1994)『意味と構造』鈴木孝夫訳 講談社
  • Quirk, R., Greenbaum, S., Leech, G. and Svartvik, J.(1985) A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman.
  • 渡部昇一(1988)『秘術としての文法』講談社