持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

生成文法と文理解⑤

下位範疇化を句構造規則に組み込む理論

ここまでは生成文法のなかでも日本で広く知られている統率・束縛理論(Government and Binding Theory; GB Theory)における句構造規則の一般化について見てきたが、次は逆に句構造規則の中に下位範疇化特性を組み込んだ理論について見ていく。

一般化句構造文法

一般化句構造文法(Generalized Phrase Structure Grammar; GPSG)はChomskyらの変形生成文法とは異なり、変形規則を持たずに句構造規則だけで統語構造を記述する文法理論である。

  1. John paused.
  2. John saw Mary.
  3. John went to London.
  4. John thinks that Mary likes him.
  5. John put the book on the shelf.
  6. John persuaded Mary that he liked her.

GPSGでは上に挙げたような例文に生じる動詞句は次のような規則で生成される。

  1. VP→V[SUBCAT,1]
  2. VP→V[SUBCAT,2] NP
  3. VP→V[SUBCAT,3] PP
  4. VP→V[SUBCAT,4] S
  5. VP→V[SUBCAT,5] NP, PP
  6. VP→V[SUBCAT,6] NP, S

SUBCATというのは下位範疇を表すsubcategoryの略である。GPSGでは下位範疇に恣意的な番号を振ってその番号と共起する句を対応づけているのである。こうした句構造規則はGB理論の場合と異なり、その規則だけで文が生成できることからID-規則(immediate-dominance rule)と呼ばれる。

主辞駆動句構造文法

ポラード・サグ(1994)によって提唱された主辞駆動句構造文法(Head-driven Phrase Structure Grammar)では句構造規則の主要部に下位範疇化特性をそのまま組み込まれている。例えばlikeという動詞であれば次のように記述される。

  • V[SUBCAT]

ACCはaccusativeの略で対格目的語を、NOMはnominalの略で主語を表す。HPSG句構造規則の情報のみで文を生成するという立場をとっているため、この構造規則もID−規則である。

学習文法とのかかわり

GPSGのID-規則では下位範疇化特性に恣意的な番号が振られており、これを学習文法に援用したところで5文型と変わり映えがしないということになってしまう。HPSGは少なくとも動詞句に関してはGB理論のXバーの考え方より分かりやすいかもしれない。つまり現実に動詞の後に続く語句は多様であるため、過度に単純な定式化を行っても現実の言語現象に当てはめにくいのでは逆効果になってしまう。複数の言語理論に触れるということは1つの理論の援用で陥りがちな弊害に気付かせてくれる効果があるのである。

参考文献

  • Borsley(1991) Syntactic Theory. London: Edward Arnold.
  • Gazdar, G., Klein, E., Pullum, G., Sag, I. (1985) Generalized Phrase Structure Grammar. Cambridge, MA: Harvard University Press.
  • ポラード, C.・サグ, I. A. (1994)『制約にもとづく統語論と意味論』郡司隆男訳 産業図書.