生成文法と文理解②
「変形」と文理解(その1):名詞化変形
安西(1982)や成瀬(1978)などの翻訳理論において、ナイダの理論がよく引き合いに出される*1。翻訳に際しては原文の意味を十分に分析する必要があることから、変形規則を経て生成された原文の表現を逆変形させることによって深層の意味構造を捉えようとするものである。
逆変形(back transformation)によって得られる意味構造は原文と同一言語の単純明快な文の形式をとるとされ、これをナイダは「核文」(kernel sentence)と呼んでいる。原文を核文に逆変形させる事例として、安西、成瀬はともにいわゆる名詞構文を扱っている。
- the existence of ghosts→ghosts exists
- the city's capture→the city was captured
こうした名詞句から動詞句への変換は大学受験向けの英文解釈を扱う大野(1972)や高橋(1986)、TOEFL対策を扱う宮前(1995)にも見られる。もっともこうした取り組みは江川(1991)のような生成文法をベースとしない文法書にも見られる。このため生成文法の知見を活かす目新しさは、その提示の仕方にあると言える。
なお、理論的観点からは名詞構文を動詞句からの変形によって生成するという考え方は初期の変形生成文法に見られる考え方で、Chomsky(1972)では派生名詞形は語彙部門で直接生成されるという立場をとり、語彙変形という考え方を否定している。
「変形」と文理解(その2):wh-移動
既習の言語形式と新たに学習する言語形式とを関連づけることは、明示的な文法学習において有効である。このため変形生成文法の知見を文理解に活かす場合にもwh-移動によって疑問詞や関係詞の導く節の構造を説明することが多い。
大野(1972)は初期の変形文法の「埋め込み」(embedding)という変形操作により、関係詞節を従来の2文合成に近い手順で生成しているが、高橋(1986)は一文変換という方法で[先行詞+関係詞節]を一気に生成している。また高橋は疑問詞節の説明もしているが、こちらは標準的なwh-移動で説明している。
大野、高橋のいずれも痕跡理論(trace theory)の考え方は導入されていない。いわゆる英文解釈の学習書ではないが、大西・マクベイ(1995)や阿部・持田(2005)では関係詞や疑問詞の導入にあたって痕跡理論を踏まえた提示をしており、学習者に正しい語順を気付かせるという観点からは非常に有効であると思われる。ただし専門的にはtraceの頭文字"t"で示される痕跡を学習者にどう分かりやすく示すかは教師の工夫が必要であろう。
まとめ
変形をむやみに学校文法へ持ち込むと学習者が混乱したり、妙な高級感に浸ったりと弊害について論じられることが多いが、学習者にとって難しい文法構造を図示することによって理解が容易になるという利点もあり適切な援用の仕方についてより一層検討していく必要がある。
参考文献
- 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社.
- 安西徹雄(1982)『翻訳英文法』バベル・プレス.
- Chomsky, N. (1972) Studies on Semantics in Generative Grammar. The Hague: Mouton.*2
- 宮前一廣(1995)『TOEFL対策明解リーディング』テイエス企画.
- 成瀬武史(1978)『翻訳の諸相−理論と実際−』開文堂出版.
- 大西泰斗・ポールマクベイ(1995)『ネイティブスピーカーの英文法』研究社出版.
- 大野照男(1972)『変形文法と英文解釈』千城.
- 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版.