持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

核文と深層構造

1960〜70年代における、変形文法*1の英語教育への応用

1960年代から70年代にかけて、変形文法を英語教育に取り入れようとする動きが見られた。その理由として大沢(1971)は、変形文法が従来の文法よりも構文と構文との関係を軽快にカツ統一的に説明していることを挙げている。この辺りはChomsky(1957)などの初期理論における、核文や複合変形の考え方の影響を大きく受けていると言える。伊藤(1965)も、英文理解のためには核文がどのような変形過程を経て目の前にある文が生成されているかを明らかにすることが必要であると述べている。
しかし、大沢は同時に、変形文法の変形や句構造の規則によって、外部世界や自分の思考を言語化するアルゴリズムを作ったということも述べている。これは「概念→言語表現」という過程を「深層構造→変形→表層構造」という過程に結びつけたものである。この辺りはChomsky(1965)以降の標準理論の考え方の影響を受けていると言える。玉井(1971)は、文を理解するための文法構造として深層構造を捉えており、これを逆さにして自分の言いたいことを深層構造にまとめてみるというのが、大沢の言うアルゴリズムの起点となっているのである。

学習文法における核文

核文とは、句構造規則と義務変形によって生成される文である。義務変形とは接辞移動などの変形を指す。このため、核文は能動肯定平叙文となる。この核文に受動変形、疑問変形、否定変形、命令変形などの随意変形を適用することで、受動文、疑問文、否定文、命令文がそれぞれ生成される。こうして見ると、それまで行っていた各構文の導入を、変形理論によってより明快に整備することができるように感じられる。
さらに初期理論には埋め込み変形や等位接続変形という2つの複合変形と呼ばれる規則があり、これにより文構造が複雑にメカニズムを説明することが可能になり、英文解釈法の刷新に大きな役割を果たした。これは先述の伊藤(1965)などのより提唱され、大野(1972)や高橋(1986)などで体系化されている*2

学習文法における深層構造

深層構造は意味解釈に関わる文法構造である。しかし意味表示そのものではない。また、標準理論に代表される変形文法は言語能力の解明を目標としており、深層構造から表層構造への過程は現実の言語表現の過程とはまったく別のものである。こう考えると、初期理論の核文とは異なり、標準理論の深層構造は学習文法への貢献は非常に小さいものとならざるを得ないと言える。

参考文献

  • 荒木一雄他(1982)『文法論』研究社出版
  • Chomsky, N. (1957) Syntactic Structures. The Hague: Mouton.
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • 伊藤克敏(1965)「変形理論の英文理解への応用」『英語教育』13(12) pp.5-7.
  • 大野照男(1972)『変形文法と英文解釈』千城.
  • 大沢俊成(1971)「なぜ英語教育に変形文法を取り入れたか」『英語教育』19(12) pp.2-5.
  • 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版
  • 玉井俊紀(1971)「深層構造について」『英語教育』19(11) pp.8-11.

*1:当時最も一般的だった呼び方は「変形文法」であったようである。

*2:ここで重要なのは高橋(1986)が一般には伊藤英語の進化形と見られているが、実はその試みは『英文解釈教室』よりもはるか以前に見られたということである。