持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

生成文法と文理解①

役に立つのか立たないのか

生成文法が英文の理解の役に立つかどうかについては賛否両論がある。渡部(1988)は生成文法や構造言語学が読解力向上には関与しないと主張し、その理由として研究者がすでに意味を了解している文のみを研究対象にしていることを指摘している。また予備校の教壇に立つ伊藤(1997)は、授業に変形文法の概念を持ち込むことは変形文法の基本的な考え方を生徒に理解させておかない限り一種の詐術であると警告している。
これに対して大野(1972)はそれまでの文理解のアプローチが漠然としすぎているため、理解の方法を明確にするには英文が生み出される構造上の手順を知る必要があると主張する。また高橋(1986)は「ある形がどのようにして生まれるのか」まで掘り下げて解説することによって学習者が理解と納得によって英文の統語構造に習熟できると主張している。
大野や高橋が生成文法の変形規則をも積極的に援用しようとしているのに対し、平野(1986)は文法が実用的であるためには変形の概念は有害であると指摘する。また早坂・戸田(1999)は読解力養成の文法のために有効であれば生成文法の知見を取り入れるとしつつも、学習者が深層構造を現実に存在する文と混同するおそれがあるとして表層構造として存在しない文はなるべく提示しないようにすべきであると言う。深層構造を学習者に見せないということは原則として変形規則は提示しないということである。

句構造規則と変形規則

Chomsky(1957)などの初期理論*1以来、生成文法には句構造規則(phrase structure rule)と変形規則(transformation)という2つの規則が用いられている*2。Chomskyらの理論が「変形生成文法」と呼ばれるゆえんである。
句構造規則は句構造と呼ばれる文の基本構造を生成するための規則で、いわば語順を支えるルールである。変形規則は句構造規則だけでは説明できないとされる文を生み出すための規則で、受動文での主語の移動や疑問文における疑問詞の移動などがこれによって説明される。
句構造規則を読解文法に取り入れる利点は早坂・戸田(1999)の言うfewer rules, wider applicationということにある。Chomsky自身が“A fully adequate grammar must assign to each of an infinite sentences a structural description indicating how this sentence is understood by the ideal speaker-hearer.”(Chomsky1965: 4-5)と言っているように、生成文法はできるだけ少ない規則で無数の文を説明可能にするプログラムであり、こうした考えの理論を読解文法に活かすのは当然とも言える。
しかし同時にChomskyが“the ideal speaker-hearer”と言っているように、生成文法は実際の言語使用のための理論ではない。生成文法が本来扱うのは、母語話者の脳内に内蔵された言語知識である「言語能力」(competence)であり、「言語運用」(performance)ではない。言語運用では言語能力を実際の文理解などでどのように使用するのかということが関心事となる。

言語運用と言語習得

統語解析などの心理言語学の分野では変形規則を用いない文法理論が仮定されることが多い。これは先ほど触れた平野(1986)の主張を裏付けるものと考えることもできる。この観点から考えると、読解文法には句構造規則だけあればよいということになる。言語運用の側面だけ見れば確かにそうであるが、言語習得の側面から見れば学習のしやすさをも考慮に入れる必要が出てくる。すると高橋(1986)の言うように変形規則の援用の可能性も検討しなければならない。
もっとも別に生成文法の知見など必要ないのではないか、という意見もあるであろう。しかし渡部(1988)の次のような指摘に着目しなければならない。

私は次のような結論を引き出す。「十五、六歳の学生に、文法書と辞書をあたえて適当な指導をあたえれば、二、三年後には英米の読書階級が読むような本でも正確に読むようにすることができる」と。もちろんすべての生徒がそういうふうにはならないだろうが、まあまあの程度の高校では二割くらいはそうなるのではないかと思う。(渡部1988: 13)

まあまあの高校で2割ではまともな英語教育ではない。2割を3割以上に、そして「まあまあの高校」ではなくさまざまな学習者が英語が読めるようになるには、食わず嫌いはやめて優れた統語理論とされる生成文法の可能性と限界についてとことん検討すべきではないかと思う。

参考文献

  • 安藤貞雄・小野隆啓(1993)『生成文法用語辞典』大修館書店.
  • Chomsky, N. (1957) Syntactic Structures. The Hague: Mouton.
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • 早坂高則・戸田征男(1999)『リストラ学習英文法』松柏社
  • 平野清(1986)『実用生成英文法』開文社出版.
  • 伊藤和夫(1997)『予備校の英語』研究社出版
  • 大野照男(1972)『変形文法と英文解釈』千城.
  • 坂本勉(1995)「統語解析」大津由紀雄(編)『認知心理学3言語』東京大学出版会
  • 高橋善昭(1986)『英文読解講座』研究社出版
  • 渡部昇一(1988)『秘術としての文法』講談社

*1:初期理論では「表層構造」「深層構造」という概念はなく、Chomsky(1965)で提唱された標準理論になって初めて登場した。

*2:現在ではいずれの規則も高度に一般化されており、呼び方も変化している。