持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法の句構造規則③

学習文法に「句構造規則」を導入する理由

生成文法は学習文法に貢献するのか」という観点でこれまでの議論を展開してきたが、句構造規則が学習文法のなかでどう位置づけられるのかを明らかにしておかなければ、こうした議論も無意味になるのでここで一通り明らかにしておく。

  • 句構造規則を設定する目的
    • 学習対象言語の語順に対する意識化(consciousness raising)を明示的に行う。
    • 対象言語を習得する際に知らなければならない言語知識(特に語順)をできる限り少なくまとめ、統一的な提示方法をとることにより学習者の混乱を防ぎ、負担を軽減する。
  • 句構造規則の性質
    • 学習文法における句構造規則は深層構造(D構造、基底構造)ではなく、現実に使用される文を生成するためのものである。
    • 変形規則を援用する場合は、既習の文構造との関連づけなど、語順に対する意識化を促進する目的に限定する。

なお、ここでは句構造規則をスペースの関係上、生成文法で用いられる英語の記号(略語)によって表記するが、実際に学習者に提示する際には現状通りの日本語の用語で導入することが妥当と思われる。また前回も触れたが、「句」と「節」を統一的に扱え、かつ学習者に馴染みやすい用語を導入することも今後の検討課題である。*1

名詞句を生成する規則

  • NP→(Det) (AP) N
  • NP→pro

この規則は名詞句を生成する規則のうちではもっとも単純なものである。専門的な研究ではDet(限定詞)とN(名詞)とのあいだにAP(形容詞句)を認めていない場合が多いが、これは初期の変形生成文法では「whiz削除」(whiz Deletion)という変形規則が仮定されていたためである。

  1. the boy who is tall
  2. the tall boy

この規則は1から関係詞のwhoとTense+beを削除することにより2を生成するというものである。この規則は名詞を修飾する現在分詞と過去分詞の使い分けを意識させる際に有効ではある。しかし「形容詞+名詞」という語順は日英共通であり、前置修飾の形容詞をあらかじめ句構造規則に盛り込んでおくことによって「修飾」という用語を多用せずに、「日本語と同じに並べればいいんだ」と学習者に気付かせることができる。もちろん冠詞などの限定詞に関しては配慮が必要である。
また、Xバー理論の影響もあって主要部のNのあとにS(文)やPP(前置詞句)を指定している規則が見られるが、学習者向けの規則体系は必ずしも一度にすべてを提示する必要はなく、実際の英文での出現頻度や学習者の習熟度に合わせて加減する必要がある。名詞を後置修飾するものについては形容詞的な要素を扱うときに理解させればよいと思われる。
代名詞に関しては規則の提示によって語順を意識させるよりも、その意味や機能を意識させることに重点を置くべきだが、人称代名詞などのように語順を意識させないと習得できないものもある。例えば、若林・手島(1996)は現代英語では格の概念は不要であると主張しており、彼らの主張は語順と語順によって人称代名詞を使い分けることの重要性を示唆するものである。

  • NP→VP+ing
  • NP→to VP

これはChomsky(1957)で導入される規則である。Celce-Murcia and Larsen-Freeman(1999)が動名詞の項で動詞にingを付加することで主語や目的語として機能する名詞になるという言い方をしているが、こうした考え方は学習者に準動詞と述語動詞の違いを意識させるためには有効であると思われる。なお、Chomskyは動名詞を導く規則に関して「ing VP」という表記をしているが、学習者に動名詞の形態を意識させるにはingは後ろに示した方がよいであろう。
最近の生成文法では内心構造の句しか認めないが学習者には「基本4品詞」を提示する以上、句の機能を4品詞の機能に収斂させなければならない。

参考文献

  • Celce-Murcia, M. and Larsen-Freeman, D. L. (1999) The Grammar Book An ESL/EFL Teacher's Course 2nd ed. Boston: Heinle & Heinle.
  • Chomsky, N. (1957) Syntactic Structures. The Hague: Mouton.
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • 原口庄輔・鷲尾龍一(1988)『変形』研究社出版
  • Huddleston, R. and Pullum, G. K. (2002) The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP.
  • 若林俊輔・手島良(1996)「提案・英語のカリキュラム7 動詞とかかわりのない文法事項(2)」『英語教育』45(8) pp.76-77.

*1:こうした問題に敏感な教師と鈍感な教師がいるのが現実であり、理論的にみて妥当と思われる呼称を用いてみても、鈍感な(=不勉強な)教師が従来の枠組みで授業していたら両者に教わっている生徒が混乱するだけなので、従来の枠組みとギャップの少ない(というか少なく感じられる)用語法が求められる。しかしながらこのやり方は学習者には馴染みやすいものの、鈍感な教師には「自分と同じ教え方だ」を思われてしまって彼らの怠慢を助長するおそれもあり、難しいところである。