持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

生成文法と文理解④

句構造規則の一般化

Borsley(1991)の言うようにChomsky(1965)には句構造規則と下位範疇化に重複が見られる。これを解決する方法として句構造規則の一般化が試みられている。つまりVP(動詞句)やNP(名詞句)などの範疇ごとに規則を設定するのではなく、さまざまな句に共通する性質に着目してより一般化した規則にまとめ上げるわけである。規則を一般化するにあたってVやNなどの個別の範疇ではなく「任意の範疇」という意味でXという記号を用いているため、この句構造規則を一般化する考え方のことは「Xバー理論」(X-bar theory)と呼ばれている。

  • 句構造規則の一般型(Xバー理論)
    • XP→Spec X'
    • X'→X Complement

この規則では句の主要部(Head)であるXが補部(Complement)と結合してX'という投射(projection)*1を構成し、さらにX'と指定辞(specifier; spec)とが結合してX"を構成する。多くの場合X"が最大投射*2をなすのでXPと表記される。

投射原理

語順に関する根本原理であるはずの句構造規則を一般化した場合、具体的に文を生み出すための情報は語彙に付随するものと考えることになる。分かりやすく言えば、文法を単純化した分だけ語法を充実させるということである。そこでChomsky(1981)では語彙項目の下位範疇化特性が統語構造を規定すると主張した。これが「投射原理」と呼ばれる考え方である。

Xバー理論+投射原理と学習文法

文は主語と述語から成り立つという考え方は、以前の生成文法で見られたS→NP+VPという規則と重なり合い、比較的なじみやすいものであった。しかしXバー理論ではこの規則は認められない。Xバー理論では「句」に主要部が必要であり、名詞句と動詞句とが結合して名詞句でも動詞句でもないものが生じることはありえないことになっているからである。
このためXバー理論導入後の生成文法ではSに代わる範疇を模索している。その中でChomsky(1986)はINFLと呼ばれる範疇を主要部とする分析を提案している。*3INFLとはinflectional elementの略で、述語動詞から時制などの成分だけを抽出した抽象的な概念である。以前の枠組みでAuxと呼ばれていた範疇と同様のものだが、生成文法が理論としての抽象度を高めていることを象徴するものであると言えよう。村田(1984)が学校文法を見直す視点として生成文法の知見を活かす際にChomsky(1965)のころの枠組みに基づいた句構造規則を提示しているのはこうした事情によるものと思われる。

語彙範疇におけるXバー理論

INFLのような非語彙範疇を除いて語彙範疇に絞って考えた場合、Xバー理論を明示的文法知識に反映させることが文理解などに有効なのであろうか。岡田(2001)では普遍文法(universal grammar)を支えるXバー理論は日本語と英語の句構造の違いを捉える上で有効だとしている。*4また、長沼・河原(2004)はフレーズ・リーディングの単位となるフレーズ(長沼らの言う「チャンク」)の構造を説明する際にXバーの考え方を援用している。
いずれの場合もXバー理論の持つ句構造の階層性という性質に着目しているが、これはフレーズ・リーディングの際にはじめは小さな単位で区切りながら読んでいた学習者が次第に大きな単位で読めるようになるための道筋を明らかにできるという点で確かに有効である。しかし前置詞を主要部とするPPという考え方が有効なのかどうかは議論の余地がありそうである。

下位範疇化と学習文法

文型論を以前に扱ったときに動詞の意味が文型を規定するという考え方を提案したが、これは「文型」をclause patternではなく動詞の属性として捉えるもので生成文法で言う下位範疇化の考え方に近い。*5もちろん動詞の意味からのアプローチは生成文法だけでなく認知言語学の知見も活かされているが、これは理論的な一貫性が高く求められる理論文法と学習者の便宜のためなら折衷が容認される学習文法とのスタンスの違いによるものである。

参考文献

  • 安藤貞雄(1996)『英語学の視点』開拓社.
  • Borsley, R. D. (1991) Systactic Theory. London: Edward Arnold.
  • Chomsky, N. (1965) Aspects of the Theory of Syntax. Cambridge, MA: MIT Press.
  • Chomsky, N. (1982) Lectures on Government and Binding. Berlin: Mouton de Gruyter.
  • Chomsky, N. (1986) Barriers. Cambridge, MA: MIT Press.
  • 原口庄輔・中村捷(編)『チョムスキー理論辞典』研究社出版
  • 長谷川欣佑他(2000)『文(Ⅰ)』研究社出版
  • 村田勇三郎(1984)『文(Ⅰ)』研究社出版
  • 長沼君主・河原清志(2004)『L&Rデュアル英語トレーニング』コスモピア.
  • 岡田伸夫(2001)『英語教育と英語学の接点』美誠社.
  • 安井稔(1996)『英文法総覧』開拓社.

*1:拡張した「句」のこと。

*2:Xを主要部とした最も大きな「句」のこと。

*3:長谷川(2000)は理論研究の立場からSという範疇を保持している。これはconsiderなどの思考動詞の分析の一般性を保つためなどの理由による。

*4:ここで岡田は日英の語順の違いをhead-parameterという考え方で説明している。

*5:安藤(1996)でも文型を下位範疇化特性として捉えているが、従来の文型論から表記法を変えただけで下位範疇化という考え方を十分に活かし切れているとは言えない。