持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

学習文法の句構造規則④

「節」の提示の仕方

従来の学校文法の用語法でいう「句」と「節」とでは構造に違いがある。文法用語のうえでは両者の区別を廃すとしても、節構造に習熟させることは当然ながら必要である。そうした「名を捨て実を取る」節構造の提示はどうあるべきかを今回は考えていく。

「転換子」という考え方

大場(1996)は範疇を変える語を「転換子」(convertor)と呼んでいる。転換子には前置詞、準動詞につくto/ing、従属接続詞、主格の代名詞などが含まれている。このうち、文を名詞、形容詞、副詞に変える転換子を次のように分類している。

  • 文を名詞に変える転換子:that, if, what, whenなど
  • 文を形容詞に変える転換子:that, who, which, whomなど
  • 文を副詞に変える転換子:because, since, when, ifなど

「転換」という言い方は学習者にはやや難しく感じられるかもしれない。大場(1981)は「名詞化」「形容詞化」「副詞化」という言い方をしているが、ここは用語を画一的に用いるよりも、「文を名詞(形容詞、副詞)に変える語がある」ということに気付いてもらうことができれば、それで良いのかもしれない。

節構造を生成する句構造規則

大場の転換子という概念は一般的な生成文法の用語では補文標識(complementizer)と呼ばれる。とりあえず、Compという記号を使って学習文法向けの句構造規則を設定すると次のようになろう。

  • NP→Comp S
  • AP→Comp S
  • AdvP→Comp S

従属接続詞が補文標識である場合はこれで十分である、あとは例文を示したりエクササイズを行えばよい。だが疑問詞や関係詞の場合は、学校文法で言われる「不完全な文」、生成文法でいう「空範疇を伴う構造」生じる。学習文法における句構造規則は表層文を生成する規則であるべきで、変形生成文法のように基底構造を生成して変形規則をかけるような手順を取るようでは学習者の負担になるだけである。したがって疑問詞や関係詞の導く節を句構造規則として定式化す留場合は、生成文法でいうところの「痕跡」(trace)が感じ取れるような定式化でなければならない。

疑問詞の移動

安藤(1996)は生成文法の知見で学校文法に応用できそうなもののひとつとしてwh-移動を取り上げている。従来より平叙文から疑問文への書き換えの練習が教室で行われることが多く、この変形を学習文法に取り入れることは有効であると思われる。既習の文法構造と関連づけることによって、新たに学ぶ文法構造の習熟が促進される可能性があるからである。
この現象は生成文法の枠組みで書かれたたいていの文法書で扱われているが、その中でも簡潔で見た目にも学習者に分かりやすそうなのがMorenberg(1997: 187-191)であり、阿部・持田(2005: 78)*1もこれに倣っている。*2

参考文献

  • 阿部一・持田哲郎(2005)『実践コミュニケーション英文法』三修社
  • 安藤貞雄(1996)『英語学の視点』開拓社.
  • Morenberg, M. (1997) Doing Grammar. Oxford: OUP.
  • 大場昌也(1981)『これからの英文法』ジャパンタイムズ
  • 大場昌也(1996)「新しい学校英文法のための5つの提案(5)文の転換」『英語教育』45(8).
  • 安井稔(編)(1996)『コンサイス英文法辞典』三省堂

*1:阿部・持田(2005)の英語での書名は当初Practical Grammar for Communicationであったが、持田がMorenbergの書名を思い出し、Practicing Grammar for Communicationに変えることを共著者の阿部先生に申し出、合意に至ったという経緯があります。

*2:このブログの記法で矢印などをうまく扱う技量がないのでここに生成過程を示すことができません。はてなのパワーユーザーの方がこのブログをご覧でしたらご教示下さい。