生成文法と英語教育
チョムスキーの沈黙
Chomskyは変形生成文法の英語教育への応用について言及したことは決して多くない。その理由について安井(1973)は次のように分析している。
- 言語学や心理学が言語教育に具体的提案ができるほどには発達していない。
- 言語教育は複雑でさまざまな側面を持つ。
- Chomskyらの言語理論は抽象度の高いものである。
この指摘は1970年代のものであるから必ずしもすべてが現在でも当てはまるわけではないが、少なくとも2.と3.に関してはあてはまり、特に3.に関してはミニマリスト・プログラムにおいてより一層抽象度を高めていると言える。
生成文法の英語教育への応用可能性
安井(1973)は変形生成文法の知見を英語教育へ応用する可能性として、基本文型、パタン・プラクティス、英文解釈の3点に絞って検討している。このうち文型論に関してはこのブログでも以前に扱っているのでここでは触れない。英文解釈についても以前に軽く触れており、リーディングの側面から改めて扱うつもりでもあるので、ここではパタン・プラクティスを扱う。
ドリルによる習慣形成という考え方に立つパタン・プラクティスは、その背景にある言語観が生成文法とは全く異なる。しかしパタン・プラクティスを効果的なものにするには単なる口まねではなく、学習者の「精神の活性化」を図るように配慮しなければならないと安井は主張する。
安井はこれ以上の具体的な提案をここではしていないが、言語習得を促進するような配慮ということであるから、今で言うconsiousness raisingやform-focused instructionにつながる考え方であろうと思われる。実際安井は教材の編成に関して、言語材料に重点を置くよりも場面や内容に重点を置くべきであると述べている。
これに対して伊藤(1982)は変形生成文法が言語習得理論と学習文法のための言語記述の2点に貢献しうると指摘している。前者に関しては現在までにある程度進展しており、後者に関しても教師向けの文法書に関してはこの流れに沿ったものが少なくない。