持田哲郎(言語教師@文法能力開発)のブログ

大学受験指導を含む文法教育・言語技術教育について書き綴っています。

『実践コミュニケーション英文法』の文型論②

従来の文型論と意味駆動文型論との橋渡し

二重目的語をとる動詞群は伝統文法では「与格動詞」または「授与動詞」(dative verb)と呼ばれる。従来の5文型ではそれぞれの文型で用いられる動詞に対して次のような用語があてがわれていた。

  • S+V:「完全自動詞」
  • S+V+C:「不完全自動詞」
  • S+V+O:「完全他動詞」
  • S+V+O+O:「授与動詞」
  • S+V+O+C:「不完全他動詞」(cf.山崎1971:25-26)

これらの用語のなかで「授与動詞」だけは動詞の意味をかなり狭い範囲に絞り込んでいることに注目すべきである。動詞の意味が文型を規定しているという事実が断片的ではあるものの古くから認識されていた証拠である。

生成文法ではどの動詞がどのパターンをとるかは下位範疇化素性(subcategorization feature)という形で指定されているという。

  • go: +[_ φ]
  • hit: +[_ NP]
  • give: +[_ NP NP]
  • give: +[_ NP PP]
  • think: +[_ CP](安藤・小野1993:258-259)

しかしChomsky流の生成文法は自律的統語論であり、その動詞がなぜそのパターンをとるのかに関する意味論的な説明はなされない。同じ生成文法でもJackendoff(1993, 1990)では統語論の自律性を保ちつつも、概念構造(conceptual structure)によって動詞の意味的な特徴からパターンを規定している。

認知言語学の立場からはDixon(1991)のような動詞の分析があり、動詞の意味が文型を規定しているという意味駆動文型論を構築していく理論的基盤は十分と言える。

ただここで問題がある。学習者は英文法の知識に関して必ずしも白紙の状態ではない。良くも悪くも既存の学校文法の知識に何らかの形で触れている。このため新しい文法体系に基づいて授業をしていく場合、その文法をあまりにドラスティックに変えてしまうと、どんなにそれが従来も文法より優れたものであっても、学習者をいたずらに混乱させてしまう恐れがある。

もう一つの問題は学習のしやすさである。動詞の意味で文型を捉えるというのは語彙学習としては少しずつ継続的に学んでいけばいいのだから問題ない。しかし文法学習として観た場合、これは理解しやすいが記憶に負担がかかる。従来の5文型は記憶すべき数そのものは少なかったのであるから、いたずらに数を増やすのでは文法の改悪になってしまう。このため従来の5文型を動詞意味論の観点から再構築していくというのが、当面の折衷的な方法として考えられる。阿部・持田(2005)の文型論はそうしたコンセプトに基づくものである。

もちろんこれは明示的な文法指導の場合であって、文法をアクティビティのなかで非明示的に扱うのであれば、文法の全体像は教師の頭の中にさえあればよいのだから、意味駆動文型論はそのまま活かせるはずである。また成人学習者向けのwriting grammarやtranslation grammarへの応用も考えられよう。

参考文献

  • Dixon, R.M.W. (1991) A New Approach to English Grammar, on Semantic Principles. Oxford: Clarendon Press.
  • Jackendoff, Ray (1993) Semantics and Cognition. Cambridge, MA: MIT Press.
  • ―――(1990) Semantic Structures Cambridge, MA: MIT Press.
  • 安藤貞雄・小野隆啓(1993)『生成文法用語辞典』大修館書店.
  • 山崎貞(1971)『新自修英文典第5訂版』研究社出版